仏ルノーというメーカーは、自らのキャラクターをどう演出し、どこに向かって突き進もうとしているのであろうかと、しばしば迷うことがある。硬軟織り交ぜた施策が次々に撃ち放たれるからだ。
20世紀後半、ルノーはフランス国営企業だった。今でこそ株式の15%をフランス政府が所有するにすぎないが、日産自動車・ルノーの御家騒動でも明らかなように、フランスが強い影響力を発揮する。そんなルノーは、国民車を生産することも使命にしておきながら、積極的にモータースポーツに参画。今回、「メガーヌR.S.」をマイナーチェンジしたように、およそ国民の足クルマとは思えない武闘派スポーツモデルを世に送り出し続けている。それはある意味で、国威発揚のように映る。
新登場したモデルは、「メガーヌR.S.トロフィー」のパワーユニットを搭載している。標準モデルである「メガーヌR.S.」でさえ、”サーキット専用マシン”とも表現すべき過激なマシンであるにもかかわらず、さらに攻撃的なサーキットタイムアタッカー、メガーヌR.S.トロフィーのパワーユニットを押し込んでしまった。
搭載するパワーユニットは、直列4気筒1.8リッターターボである。最高出力は300psに達した。その数値ではもう驚かない時代になってしまったが、それでも量産車FFでは世界一の速さを競う。
低回転域から怒涛のパワーが襲ってくる。パワーは強烈だが、扱いづらくはなかった。全域にトルクの谷が抑えられているからだ。
世界一過酷なサーキットとして知られるドイツ・ニュルブルクリンクでの最速レコード樹立は記憶に新しい。ライバルは本田技研工業(ホンダ)の「シビックタイプR」であり、レコード塗り替え合戦が繰り広げられている。ともにF1に軸足を置く企業である点が興味深い。
ともあれ、過激なのはエンジンパワーというよりも、その操縦性にある。ステアリングを握った感覚でいえば、プロさえも腰を引くコーナリングマシンである。
駆動輪は前輪だから一般的には強いアンダーステア、つまりハンドルを切り込んでも応答が得られず外側に膨らんでいってしまう現象が常なのだが、メガーヌR.S.にはその公式は当てはまらない。ハンドルを切り込んだほうに向かって、いやさらにハンドルを切り込んだ以上に力強く旋回していくのである。慣れるのに時間を必要としたほどだ。
カラクリは「4コントロール」と呼ばれる4輪操舵にある。ドライバーが転舵すると、後輪もステアする。低速で2.7度、逆位相に転じる。つまり、ステアリングを切り込んだ前輪とは逆に、後輪がステアする。いわばフォークリフトの要領だ。積極的にクルクルと旋回モーメントが働くのである。
フォークリフトは狭い倉庫や敷地での小回りのために後輪操舵としている。それとは狙いが異なるとはいえ、後輪すらも逆位相になることの動きは想像に難くない。
しかも、速度が100km/hになるまで逆位相を維持するというから驚くばかりだ。前輪と同じ向きになるのは100km/h以上というから恐ろしい。100km/h巡航は高速道路でのアベレージ速度でもある。その領域でもグイグイ曲がろうというのだから開いた口が塞がらないのである。
もちろん、すぐさまスピンの危険があるわけではなく、それ以上の高速走行では最大1度まで同位相に転じ、安定感を担保する。ハラハラはするけれど、危険な状況には簡単には陥らない。だが、常に緊張感を抱かせるマシンなのである。
そんな硬派なマシンを量産するルノーという会社が、ますますわからなくなった。
(文=木下隆之/レーシングドライバー)