独メルセデス・ベンツのフラッグシップである「Sクラス」が7年ぶりにフルモデルチェンジされ、2タイプのパワーユニットを搭載して日本に上陸した。
直列6気筒3リッターディーゼルターボを搭載する「S400d」と、直列6気筒ガソリンターボを積む「S500」がラインナップ。ホイールベースを延長したロングモデルが、それぞれに設定されている。ちなみに、ガソリンエンジン仕様のS500には、電気モーターアシストのISG(インテグレーテッド・スターター・ジェネレーター)が合体されている。すべてのモデルがメルセデス独自の4輪駆動(4MATIC)になったのもトピックのひとつだろう。
新型Sクラスを一言で表すならば、「伝統と近未来の融合」である。メルセデスのフラッグシップらしく威風堂々としたオーラを発散させていながら、旧態依然の足枷を断ち切るように、デジタルな世界に歩みを進めているのが特徴だ。
たとえばボディは大柄になり、存在感は相変わらず際立っている。メルセデスといえば風格と威厳。だが、これみよがしの押し出し感はなく、スマートに映る。威圧感を抑え、街中に穏やかに溶け込むような雰囲気に改められた。
エクステリア同様、インテリアも宗旨替えにも似た跡がうかがえる。豪華絢爛には違いないものの、古風なリビングといった雰囲気ではなく、デジタル空間の印象が強い。これまで以上の機能を持たせながら、それらの操作のほとんどをタッチパネル式に委ねた。あるいは近未来的に、音声認識で反応する対話型インフォテイメント・システム「MBUX(メルセデス・ベンツ・ユーザー・エクスペリエンス)」を強化しているのだ。
乗り降りからして、近未来的である。ドライバーズシートに着座すれば、生体認証によってオーナーか否かを見分ける。それによって、記憶させたドライビングポジションに自動でアジャストするといった具合である。
メーターパネルの表示は、3D画像だから独特の遠近感がある。ヘッドアップディスプレイ内にはカーナビの案内が映し出される。それにはVR(仮想現実)が組み込まれており、実際に肉眼が捉えた景色の中に右左折の矢印が映し出されるといった細工も新しい。
それでいて、シートには贅沢なマッサージ機能が追加されている。それもリアシートだけでなくドライバーが腰掛けるシートにすら組み込まれ、ヘッドレストは枕のようにフカフカである。伝統と近未来を見事にバランスさせているのだ。
走り味においてもコンセプトは貫かれている。試乗車はガソリンエンジン搭載のS500標準ボディだったが、軽快な走行フィールが印象的だった。4輪操舵システムが組み込まれたことで、低速度域では軽快なフットワークを披露する。60km/h以下では最大4.5度まで、リアタイヤがフロントタイヤとは逆に位相する。それ以上の速度では、最大3度まで同位相に舵を切る。それによってボディが肥大化した分の回答性を手に入れた。しかも、高速安定性にも貢献する。これまでのメルセデスが伝統にしてきた、フロントの強いキャンバー特性を捨て、新しいサスペンション形式に移行したのである。
それでいて、乗り心地は優しい。かつてのような力強い乗り心地ではなく、船のように路面から入力を巧みにいなす。ボディ剛性を格段に引き上げられていると公表されているが、良い意味でそうとは気づかせない。優しい乗り味なのである。
力強さと優しさ。伝統と先進性。保守と革新。最新のメルセデスSクラスは時代の狭間を象徴している。
(文=木下隆之/レーシングドライバー)