この間、ホンダの航空機の研究開発は、打ち切りの危機が何度もあった。藤野氏自身、そのたびに、今度こそダメかと打ちのめされた。それでも、事業化、認定取得を目指し、逆風に耐え、まさに、地べたに這いつくばるようにして研究開発を続けてきた。
航空機産業は、ビジネスサイクルが、自動車産業とは比較にならないほど長い。一般的に、自動車の設計は、5~6年スパンで行われるのに対し、飛行機の設計者は、自分の設計した飛行機を、一生に一機、飛ばすことができればいいとすらいわれる。そして、その飛行機の型式証明を取得して実用化するとなれば、まさに一生に一度の大仕事で誰にでも経験できるものではない。それほど、航空機の型式証明の取得は、並大抵のことではないのである。実際、FAAに持ち込まれる案件は、ほとんどが、既存の飛行機の一部改良や、胴体の延長といった派生型機の認定という。
「まったくの白紙からつくった飛行機について、型式証明のための認定作業をすることは、(アトランタの)FAAの方々にとっても、その多くが初めての経験だったようです」(藤野氏)
ホンダジェットが搭載するエンジン「HF120」は、13年にFAAの型式証明を取得し、ホンダジェットによって市場にデビューする新しいエンジンだ。
しかも、従来、航空機産業は、機体メーカーとエンジンメーカーは別々だが、「HF120」は、ホンダとGEが50%ずつ出資する合弁企業、GEホンダエアロエンジンズ製だ。機体とエンジンの両方を、一つの会社が手掛ける例も、これまた、世界にほぼ例がない。「HF120」の生産設備は、15年にFAAの型式証明を取得したが、生産設備が新しくFAAの型式証明を取得するのは、実に23年ぶりのことだった。
ホンダが、どれほど困難なことを成し遂げたのか、いまさらながら驚かされる。
優秀な人材の確保
藤野氏は、ホンダエアクラフト社の工場内を案内してくれた。以下のコメントは、いずれも藤野氏である。
「ここが、ファイナル・アセンブリー・ライン、つまり『ホンダジェット』の最終組み立て工程のラインです。現在、25機がライン上にあります」
壮観である。広い工場内の壁に沿って、25機の機体が、斜めにこちらを向いて整然と一列に並んでいる。真っ白い床と、白く下塗りされた機体に、天井のライトが反射して光っている。その天井もまた、梁まで真っ白だ。