「従来機では、機能のみが重視された設計でしたが、『ホンダジェット』では、クルマの運転席のように、機能性とともにそのインテリアデザインをも一体化しています。99年にそのアビオニクスのコンセプトを説明したときは、誰も相手にしてくれなかった。ただ一人、ガーミン(米GPSメーカー)の社長だけが『それは素晴らしい』と言ってくれて、一緒に開発してきたんです」
機体に、赤・青・黄・緑・シルバーというカラーバリエーションが用意されているのも、ビジネス・ジェットの慣習からみればまったく新しいものだった。
「クルマでは、購入者が好きな色を選びますよね。『ホンダジェット』も、その『色を選ぶ』という行為そのものも『購入する』体験の一部としたかったんです。『所有欲』や『オーナーシップ』を感じられる、スポーツカーのような飛行機をつくりたかったんです」
ホンダジェットの美しさは、技術を極限まで突き詰めて実現した「機能美」だ。その姿は、まるで、海面上に跳ね上がったイルカのように、有機的な美しさを備えている。
「人間尊重」
インタビューの翌9日の18時半、カスタマーサービスセンターのハンガーには、従業員や行政、業界関係者、報道陣など約2000人が詰めかけた。ホンダジェットの型式認定取得を記念する式典が開催されたのである。
式典では、FAA長官のマイケル・ウェルタ氏から、藤野氏に「型式証明書」が手渡された。さらに、人気ミュージシャンで、いまや藤野氏の友人であり、自身もパイロットであるケニーGが祝福のためサプライズで登場し、サックス演奏で観客を沸かせた。
藤野氏は、93年頃、ホンダが初めて自前で開発したジェット機「MH‐02」を飛ばすために、ミシシッピ州の研究所で、昼も夜も、休日もなしに働き続け、息(Breath)ができなくなることもあったほどだったという。そんなとき、92年後半に発売された、ケニーGの「Breathless」というアルバムを見つけ、購入したと話して会場から笑いをとった。
藤野氏はケニーGに、「Breathless」のなかから「Morning」をリクエストした。
「僕の人生には、朝(Morning)なんてこないのではないかと思うこともあった」