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稲田俊輔「外食のディテール」

サイゼリヤ・松屋・富士そば、異色の外国料理メニューが大ヒット…外食業界が転換期突入

文=稲田俊輔/飲食店プロデューサー、料理人、ナチュラルボーン食いしん坊
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「松屋 HP」より

三者三様の異色メニュー

 昨年2019年の冬、大手飲食チェーン3社より、異色の新メニューが続けざまにリリースされました。

 まず皮切りは東京都内を中心に約100店舗を展開する名代富士そばの「肉骨茶そば」。肉骨茶は東南アジアなどでポピュラーな、豚肉を各種のスパイスと共に煮込んだスープ料理です。肉骨茶は国によってさまざまなスタイルがありますが、富士そばが取り入れたのはシンガポールのスタイル。にんにくと黒胡椒をしっかり効かせたパンチのある豚肉スープに、自慢のそばを合わせ、「二日酔いがふっとぶ!?」という思い切ったキャッチコピーで忘年会シーズンにこの新商品をぶつけたのです。

 次は全国に1000店舗以上を展開する松屋の「シュクメルリ定食」。「松屋世界紀行」というシリーズ名を突如冠し、一部の店舗で期間限定メニューとして試験的にリリースされた後、全店での展開が発表されました。シュクメルリはチキンにニンニクを効かせて乳製品のソースで煮込んだジョージア料理。最近ようやく美食の国、ワインの国として一部では知られ始めているものの、専門店もほとんど存在せず極めてマイナーなジョージア料理を採用ということで世間を驚かせました。

 そして、言わずと知れたファミレス最大手サイゼリヤの「アロスティチーニ」。羊肉を串に刺して焼いた、イタリア アブルッツォ州の伝統料理です。本来はローズマリーなどのハーブで風味付けして焼くシンプルな料理ですが、サイゼリヤでは、いかにもイタリア的なハーブ類だけせなくクミンやチリなどのスパイスを複雑に組み合わせたスパイス塩を添えて提供しました。好き嫌いがはっきり分かれる羊肉という食材を最大手が取り扱ったという英断に快哉を叫ぶ声も多く、瞬く間に人気メニューになりました。

マイナー外国料理メニュー、その真の狙いとは?

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『人気飲食チェーンの本当のスゴさがわかる本 』(稲田俊輔/扶桑社新書)

 この3つのメニューに共通するのは、日本では一般的にほとんど知られていない、しかしそれぞれの現地では極めてポピュラーな料理を、他に先駆けていち早く紹介したという点にあります。

 本来であればチェーン店に求められているのは、誰もがよく知っていて安心感のある料理です。このように知名度の著しく低い外国料理を、しかも「本場の味」を標榜しつつメニューとして打ち出すというのは、一見リスクを顧みない随分思い切った方針にも思えます。しかし同時にその裏には、周到な計画性も見え隠れしているように私は感じました。それは、ネット、特にSNSを意識した新しいスタイルのマーケティング。

 肉骨茶、シュクメルリ、といきなり言われても戸惑うしかない私たちですが、SNSでは発売前後から積極的にこの料理に関する情報、いや情報というよりむしろ蘊蓄ともいうべきものが公式アカウントから積極的に発信されました。それは単なる“売らんかな”の宣伝ではなく、いわばある種の「啓蒙」です。知られざる外国の美味をいち早く紹介する、という前向きな姿勢は、SNSでは特に好感を持って受け入れられ、その情報の拡散も極めてスムーズでした。

 情報を得ていち早くそのメニューを食べてみた人は、当然のようにそれが「美味しかった」という情報を拡散します。食べ物に対する嗜好は人それぞれとはいえ、正直、こういった商品に対する悪口はおいそれと言いにくい雰囲気もあります。なぜなら、現地で人気の料理を再現しました、と言われれば、それが本当は口に合わなかったとしてもそれを認めるのは自らの味覚の幅の狭さを認め公言するようなもの。また比較対象となるようなメニューを出している個人店もほとんどありませんから、チェーン店を語る時につきものの、それを引き合いに出しての貶しも出て来にくい。

 そして、そうやって実際食べた人の具体的かつ好意的な感想が並べば、出てくる料理の味が想像できず食べることをためらっていた層も、安心して挑戦できるようにもなります。シュクメルリに関しては「店内のほとんどのお客さんが注文していた」というような報告も相次ぎましたし、アロスティチーニも発売早々売り切れ店が続出したようです。

 単に店頭やメニューで「おすすめメニュー」として打ち出しても、なかなかそういうことは起きにくいもの。あくまでネットでの好意的な拡散がそれを強力に後押ししていたことは確実と言ってよいでしょう。

競争のスタイルを大きく変える「食文化」の導入

 何にしても、年々競争が激化する飲食業界でチキンレース的な値下げ競争に頼ることなく、こうやって商品そのものの独自性のある魅力で競合から一歩抜きん出ようとする姿勢は、とりあえず手放しで歓迎するに値する現象だと私は思います。しかもその魅力は、単に味だけではなく、文化的な背景も含めた知的好奇心をも満たすものです。そしてそういうことに対して本来極めて保守的だったはずのチェーン店が、むしろ率先して取り組んでいるという驚き。

 飲食企業の「食文化」に対峙する姿勢がこれから大きく変わりつつある、まさにその潮目が今なのかもしれません。

(文=稲田俊輔/飲食店プロデューサー、料理人、ナチュラルボーン食いしん坊)

稲田俊輔/「エリックサウス」総料理長

稲田俊輔/「エリックサウス」総料理長

料理人・飲食店プロデューサー。鹿児島県生まれ。京都大学卒業後、飲料メーカー勤務を経て円相フードサービスの設立に参加。和食、ビストロ、インド料理など、幅広いジャンルの飲食店の展開に尽力する。2011年、東京駅八重洲地下街に南インド料理店「エリックサウス」を開店。現在は全店のメニュー監修やレシピ開発を中心に、業態開発や店舗プロデュースを手掛けている。近著は『食いしん坊のお悩み相談』(リトル・モア)。

Twitter:@inadashunsuke

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