王将で出会ったかっこよすぎるおっさんの話
夕方から急に寒さが増した初冬の夕暮れ時、私はその日の仕事を終えてとある街の「餃子の王将」にいました。入り口近くのカウンターの端に陣取り、注文したものはいつものように「生姜餃子」2人前。そして生ビール。目の前の鉄板で餃子が焼かれるのを待ちながらフライング気味に生ビールを煽っていると、自動扉が開き、ひとりのおっさんが入ってきました。そして扉をくぐるやいなや「生姜餃子、今日ある?」と店員さんに問いかけました。
そのいそいそとした食い気味の質問は、店内に響き渡る実に快活でよく通る声で、私はついついそのおっさんを凝視してしまいました。いかにも「食いしん坊」という感じのオーラをまとったおっさんでした。この「食いしん坊オーラ」というものが具体的にどういうものかは言語化が難しいのですが、食いしん坊同士なら瞬間で通じ合う、単に体型や顔つきだけではない独特の雰囲気とでもいえば、なんとなくおわかりでしょうか。
とまれそのおっさんは店員さんから「生姜餃子、ありますよ」という返答を得て、「あるの?それは良かった!」とニコニコ顔でようやく着席しました。私の隣のカウンター席です。
生姜餃子普及協会会長を自認する私は、熱烈な生姜餃子ファンがこうやって確実に増えつつあるその実態を目の当たりにして軽く感動していました。その食いしん坊オーラおじさんは着席後すかさず発注。そのオーダーは「生姜餃子2人前とノーマル餃子1人前」という、もうこれは食いしん坊にして熱烈な生姜餃子ファン以外の何者でもない、惚れ惚れするような内容でした。
「あなたのそのラー油ダレ、真似してもよくって?」
しばらくして、一足先に私の生姜餃子2人前が到着しました。私がいそいそと「酢コショウ」の作成に取り掛かると、おっさんはチラチラとこちらを見ています。心の中で「酢コショウ、真似してもいいんだぜ」と無言の先輩ヅラを吹かせていたら、おっさんも自分の餃子3人前の到着を待たずしてタレの作成を開始しました。
そのタレは、私が今まで見たことのない独特なものでした。タレ皿にごく少量、せいぜい小さじ1杯程度の醤油。そしてその上からラー油をたっぷりと、小皿を9割がた満たす勢いで注ぎ込んだのです。
カウンターの中ではおっさんの餃子が焼きあがったようで、鉄板からカリっと焼きあがった餃子をガガガっと剥がして盛り付け開始。するとまさにそのタイミングでおっさんがすかさず焼き場のお兄さんに声をかけました。
「ノーマルと生姜、おんなじ皿でいいから!」
実にかっこいいオトナの振る舞いです。思わず惚れそうになりました。焼き場のお兄さんも「いいんですか? 助かります!」と、粋には粋で応え、「前2列が生姜で奥がノーマルです」と餃子が3列並ぶ実に頼もしい皿を差し出しました。
おっさんは満面の笑みで受け取ります。愛おしそうに卓上にそれを置くと、2列目の生姜餃子の半ば下敷きになった、奥列のノーマル餃子をあえて引っ張り出して次々と食べ始めました。「あくまでノーマルが先」。おっさんの中には、こうでなければと遵守すべき明確な「食べる順序」があるようです。漫然と手前から食べるのではなく、あるべき順番にこだわる、これはまさに食いしん坊仕草といえます。
ノーマルを食べ始めたら、それを片付けるまで生姜餃子には手をつけないつもりのようです。目の前に複数の料理が並ぶと、凡人はついついあれやこれやと並行して突きがちです。それはある意味、日本人のサガともいえる食べ方でもあります。しかし時に食いしん坊はそれを良しとしないことがあります。そこには自らが決定した明確な順番があるからです。食いしん坊仕草ここに極まれり。
おっさんは特製ラー油ダレに餃子をどっぷりと浸し、全身ヌメヌメテラテラのそれを次々に口に運びます。隣で私はだんだんそのタレが羨ましくなってきています。いつしか奥列のノーマル餃子は殲滅、流れるような所作でいよいよ本丸の生姜餃子を攻略していくおっさん。前回私は、ノーマル餃子は最初はおいしいけどすぐに飽きてしまうが、生姜餃子は延々と食べ続けられる、と書きました。おっさんの見解も同じだったのではないかと想像されます。序盤はにんにくのインパクトを楽しみ、人心地ついたところで落ち着いて淡々と生姜餃子を楽しむ。見事な組み立てです。
ドラマティックな入店から始まり、店員さんとの粋なやりとり、タレ作成から始まる一連のグルーヴィな食べっぷり、何もかもが鮮やかにキマっているおっさん。もし自分が女で、そしてこのおっさんがあと400%増しくらいでイケメンだったら、これは確実に映画のような恋が始まっていたと思います。
(文=稲田俊輔/飲食店プロデューサー、料理人、ナチュラルボーン食いしん坊)