実はゴーンは、東日本大震災の影響について冷静に判断していた。3月28日、テレビ東京の『ワールドビジネスサテライト』に出演し、「日産の日本での生産はどうなるんでしょうか」という司会の小谷真生子の質問に対して、次のように答えている。
「これは、一時的な自然災害です。日本のパフォーマンスが損なわれることはありません。生産拠点の移転はまったく考えていませんし、そう遠くない時期に完全復旧するでしょう」
リーダーがこれほどまで危機に正面から向き合い、突破する自信のほどを示せば、従業員は奮い立たずにはいられない。小沢は、ゴーンの期待にこたえるべく、彼自身予測していなかった、次のような言葉を発していた。
「2カ月で元に戻します」
小沢は当初、復旧のメドを半年と見積もっていたが、2カ月に前倒しした。自らを追い込むように、明確に目標設定をしたのだ。むろん、成算があってのことではない。ゴーンの「フルサポートします」の言葉に、彼はできるだけの誠意を伝えるのは当然だと思った。ゴーンは、電話会談の最後に次のようにいった。
「できるだけ早く、いわきを訪問したいので、日程調整をしてください」
ところが、この時点ではまだ常務の酒井寿治を除いて、本社の役員は誰もいわき工場にいっていなかった。
「いまは、ちょっと待ってください」と、今津はゴーンにいった。CEOのゴーンがいわき工場を訪問するとなれば、然るべき準備がいる。震災からの回復を全力を挙げて指揮する本社にも、復旧作業に追われるいわき工場にも、その余裕はなかった。
「いや、受け入れ準備なんかいらない。とにかく俺はいくから」
ゴーンは、譲らなかった。
「待ってください」
「いや、俺のための準備なんかいらないんだから」
そんな問答が繰り返された。最後に、今津はいった。
「定時報告します。それから、志賀と私がいわきにいって、いつがいいかを決めてきます」
すると、ゴーンはようやく納得した。
「いわきからは去らない」
いわき工場は、3月22日に本格的な復旧工事をスタートさせた。工場の柱は、岩盤まで杭が打ってあったので、震度6強の揺れにも耐えて、建屋の倒壊は免れたが、工場内のいたるところで地盤沈下が発生していた。また、地盤沈下によって地割れが起き、ひどいところでは10cmほどの亀裂が入っていた。