シャープに対するゴウ会長の取り組みは、よくいえば朝令暮改、わるく表現すれば傲岸不遜とも形容できる。出資予定額も買収契約締結後に1000億円も減額するなど傍若無人、やりたい放題である。
買収調印前には、現経営陣の温存とシャープ従業員をリストラしないなどとしていたが、5月12日に至り、シャープは次期社長に鴻海の戴正呉副総裁が就任すると表明した。高橋興三社長が実質更迭されることについて快哉を覚えるシャープ社員も多いことだろうが、「鴻海に付けば安泰だ」と高橋氏が思っていたとしたら当てが外れたことだろう。
社員をリストラしない、としていた点も、買収調印の時点では「40代以下は残ってもらう」に後退し、それ以降は「追加で2000人の人員削減が必要だ」とシャープに強く迫っているという。
私が興味を持ったのは、4月中旬にゴウ会長からシャープに「関帝像」が送られたということだ。これは三国志に出てくる英雄のひとりで関羽のことだが、後世の人間に神格化され、関帝(関聖帝君・関帝聖君)という神とされた。
関帝は特に華僑(中国本土から外に出て活躍の場を求めた初代、2代目以降の現地定住者は華人と呼ばれて区別される)から守り神として信仰を受けている。日本でも横浜中華街など、関帝廟が祀られているところは少なくない。
ゴウ氏は両親が中国本土から台湾に渡った「華僑」、本人は台湾生まれで「華人」ということになる。極貧家庭育ちの中卒から15兆円規模の大企業グループ総帥となったゴウ氏は、典型的な華僑・華人実業家だ。それゆえ華人実業家であるゴウ氏が関帝像を送ったということは、企業文化的に大きな意味がある。「自分のテリトリー」あるいは「帝国への併合」宣言であり、華人企業化の開始が告げられた。
華人型経営ではオーナー会長は独裁者
私は香港に上場している大手企業の日本法人社長も数年勤め、華人企業をも内部から観察、体験している。華人企業のマネジメントスタイルは、アメリカやヨーロッパ型、そして日本型の経営とも大きく異なる。いってみれば「どんなに社員が多くなっても家族経営」というものだ。
企業内家長であるオーナー会長の意向が絶対であって、組織の細部までオーナーの意向が及ぶ。鴻海のように年商15兆円規模の大企業となると、もちろん同族だけで経営するわけにはいかない。その代わり、華人企業のトップ幹部になるには、オーナーと家族同様の価値観や忠誠心を共有する必要がある。いわば経営幹部は擬似家族なのだ。ゴウ氏の弟、郭台強氏もフォックスリンクの董事長として周辺企業を経営している。