ソフトバンクが史上最高3.3兆円で買収した無名企業は、「トンデモナイ」企業だった
これは「バリューネット上のポジションチェンジ」という手法である。バリューネットというのは、自社製品を中心に、顧客、競合、補完的生産者、供給者という4種類のプレーヤーとのかかわり方を分析する手法である。ポジションチェンジとはバリューネット上で自社のポジションを変えることによって、新たな事業展開に踏み出すことをいう。アームもハローキティのライセンスビジネスも、自社を供給者のポジションに変えてしまった例だ。
インテルも崩せないエコシステムの構築
スマートフォン向け半導体メーカーのほとんどが、アームのCPUを採用している。それにもかかわらず、製品名にアームの名前が出ることはないのは、同社のCPUが半導体メーカーの製品のなかに設計データとして潜り込んでいるからだ。
そもそもアームは、インテルのようにPC向けのCPUを開発していた会社だ。アップルのニュートンというモバイル機器に採用されたことがあるが、ニュートン自体成功しなかったために、アームのPC向けCPU事業も成功には至らなかった。
ところがセレンディピティともいうべき幸運が舞い込む。ちょうど市場が勃興しようとしていたデジタル携帯電話向けCPUに採用されたのである。アームの低消費電力というのが売りになったのである。
こうしてアームは、PC向けのCPUが高速化・高性能化に向かうなかで、その逆ともいえる低消費電力化に舵を切り、しかも自ら製造することも、あるいはファブレスとなることもせずに、CPUの設計データを提供するというビジネスモデルに特化したのである。実は設計データだけで低消費電力を実現するというのは専門家からすると非常識であったのだが、それについてはここでは触れない。
成功の鍵はここからだ。アームはデジタル携帯電話市場が成長するのに合わせて、エコシステムをがっちりつくり上げていったのである。エコシステムでは、バリューネットの「補完的生産者」との関係づくりが特に重要だ。アームの例でいえば、顧客が同社のCPUを自社の半導体に組み込むために使用するCAD(Computer-Aided Design)ベンダーが「補完的生産者」に相当する。アームはCADベンダーとの協力体制を強固なものにつくり上げていったのである。
アームのCPUで動くソフトウエアはやがて膨大な資産となり、他のCPUメーカーが参入する余地をなくしてしまったのである。さすがのインテルも気づいたときには時すでに遅く、スマホなどモバイル機器向けに「アトム」という低消費電力CPUを開発したが、もはやアームの敵ではない。