そうすると、旅行業者は預かった3万円を自由に使うのではなく、2万5000円部分を除いておいて、自分たちが受け取ってもいい5000円部分のみを会社の運転資金に回そうと考えるべきです。そこから従業員の給与を払ったり、事務所の家賃を払ったり、新聞広告の経費に充てるのが常道です。
ところがてるみくらぶでは、そのあたりが一緒くたになってしまい、顧客からの預かり金の相当部分が、会社の運転資金に回されてしまっていました。つまり、外部に支払うべきお金が航空券や宿泊施設の決済に回されず、会社の諸経費の支払いに充てられてしまったのです。この資金管理の杜撰さが、同社の被害額を大きくした主要因です。
これは、旅行代理店にとって、決して小さくない教訓です。たとえば証券会社の場合、顧客からの預かり金は別管理されることになっており、他に流用されることはありません。金融庁なども、これを厳しく監督しております。
しかし、旅行代理店の場合、金融機関などと比べて企業経営も小規模になり、このあたりの管理はさほど徹底されず、資金管理がわずかに疎かになる傾向があります。この倒産劇は、そのような資金管理が、旅行業界では金融機関ほどには徹底されていないという実態を露呈したものです。
ですから、負債151億円のうち100億円を占める大半の債権者が、ふつうの債権者ではなく「顧客」であるという面妖な倒産劇が生じてしまったのです。
採算の悪化を食い止めるべく努力しているヤマト運輸
最後になりますが、てるみくらぶの採算管理の甘さについてみていきます。
数年前より、てるみくらぶは採算の悪化に直面します。まず第1に、航空会社が大型旅客機から中型機にシフトしたことがあげられます。これにより空席が減った結果、格安の空席の確保が難しくなります。
次に円安です。2008年から11年頃までは、円が高くなり、1ドル80円程度の円高が生じました。これは、格安旅行を提供する企業にとっては追い風でした。しかし、12年以降は円安となり、1ドル120円にまで円が値下がりしました。これは、格安旅行を提供する企業にとっては向かい風です。
このような状況のなかで、てるみくらぶは採算の改善のために何をなすべきかを知らず、泥沼の「薄利多売」に走ってしまい、そのまま一直線に倒産してしまいました。
ここで想起されるのが、「ヤマト運輸によるアマゾンの当日配送サービスからの撤退検討」の報道です。アマゾンはヤマトの主要顧客のはずですが、人員確保の困難さと採算の難しさを考慮したうえで、ヤマトはアマゾンの当日配送からの撤退を検討しています。事業者にとって、顧客のニーズにこたえられないことは不本意なことですが、「お客のいいなりになる」ことが、必ずしも当の事業者にとってプラスになるのではありません。得意先の要求をそのまま受け入れることが会社経営にマイナスになると判断した場合には、会社を守るために、顧客のニーズに応えないことも重要なことなのです。
「お客様は神様」ではない
そういうヤマトのような採算悪化の防止策をとらなかった(とれなかった)ことに、てるみくらぶの悲劇があります。かつて歌手の三波春夫さんは「お客様は神様です」と言って、神様に奉納する気持ちで歌を歌っていましたが、現実の企業社会では、「お客様は神様」ではありません。
パナソニック創業者の故・松下幸之助さんは、「お客様は王様」だと言っていました。松下さんは、「王様は、ときには家臣や人民に理不尽なことを要求することもある。そういう場合には、王様に、それは理不尽であるとお諫めすることも必要だ」と言われました。それでも、王が理不尽な要求を止めないのであれば、国外に逃亡したり、反乱を起こすのが正常な民の行動です。会社と顧客の関係もこれと同じです。
てるみくらぶはそういう問題意識を持てずに、「格安旅行でなければ、顧客はウチに振り向いてくれない」とばかりに、無理をして泥沼の価格競争に足を踏み入れて破たんしました。神様であったはずの顧客のうち、400名は今も海外で途方に暮れています。
自社の採算をどう守るか、これが疎かになると結局、顧客に大迷惑をかけてしまうことを、この倒産劇は物語っています。
(文=前川修満/公認会計士・税理士、アスト税理士法人代表)