特に、安全面などの基準のクリアは製品やサービスの根幹にかかわる。それが企業の社会的な信用を左右することはいうまでもない。それが満たされていなかったことは、経営者として何をすべきか、もっとも基本的なポイントを見落としていたことの裏返しといえる。
常に私たちは理論や規範が想定した通りに行動する、合理的な存在であるとは限らない。時として、求められているものとは異なる意思決定、行動をとることもある。徹夜の麻雀が翌日の業務に響くとわかっていても、誘われるとついつい応じてしまう。新しい業務計画をまとめるよう指示されても、どうしても昨年までの計画をもとにしてしまうこともあるだろう。私たちの心は周囲に流されやすい。それは、移ろいやすく“弱い”ものだ。だから自律しようと思ってもなかなかうまくはいかないことが多い。
強い組織の必要性
この弱い心を止め、正規の手続きに則って事業を進める制度の設計が経営者の役割といえる。いい換えれば、コンプライアンスを徹底したうえで利益の獲得を追い求める組織をつくらなければならない。それは、不正を発見し報告する機能の備わった“強い”組織というべきだろう。
結論を先に述べると、組織力の強化は他人任せにはできない。「そんなの当たり前だ」と思う人は多いはずだ。ただ、日産や神戸製鋼のケースを見る限り、当たり前のことが実行されていなかった。これを繰り返してはならない。
2013年以降、政府はアベノミクスの具体的な施策を取りまとめた“日本再興戦略”などを通してわが国のコーポレートガバナンスの強化が重要であることを訴えてきた。ESG(環境・社会・ガバナンス)の視点に基づいて、経営者に持続的な経営へのコミットメントを求める機関投資家も増えている。
制度面の整備は進んできたものの、想定されたほどの成果は上がっていないというのが現実だ。外部からの圧力も重要だが、それ以上に経営者自らの意思決定と実行力こそがガバナンスの強化には欠かせない。
韓国のサムスン電子の経営を見ていると、経営者が何をすべきかがよくわかるだろう。中興の祖といわれるイ・ゴンヒ氏は健康問題から事実上、経営の第一線を退いた。その後を継いだイ・ジェヨン氏(サムスン電子副会長)はパク前大統領への贈賄罪などから、一審で懲役5年の判決を言い渡されている。本年4-6月期、経営トップ不在のなかでもサムスンは過去最高益を達成した。それは、これまでの経営者が問題を克服し、収益を獲得するスピリットを組織に吹き込み、定着させたことに支えられているといえる。わが国の経営者にもこうした発想があってよいだろう。