広告をつくる側やクライアントのなかにも、「これはヤバいのでは?」と思った人は必ずいるのです。でも、その声をあげられる環境がなかったのでしょう。結局のところ「多様な人がいて、誰もが遠慮なく意見を言える空気」があるかどうかが、「炎上」と「賞賛」の明暗を分けるのだと思います。
最近話題の食器用洗剤「JOY」(P&G)のPR動画があります。350万回再生され、子育て世代の共感を呼んでいます。夫婦が家事をシェアする前にまず「気持ちをシェアしよう」というメッセージ。誰かを責めることもなく、でも現状から一歩踏み出そうという気持ちになる素敵な動画です。
この動画をつくっているP&GはCSRの一環として、ダイバーシティ&インクルージョン研修を日本の企業300社近くに提供しています。神戸の本社から東京まで研修チームを派遣し、さらに研修を担当するのは「営業」の管理職クラスという贅沢な研修。大変コストをかけているので、本気度が伝わります。
11月20日付ハフポスト日本版記事『とも稼ぎ世帯の家事分担のリアルを描いた広告動画は、なぜ350万回も再生されたのか』によれば、P&Gの動画の制作チームは何回も試行錯誤を繰り返し、まったく白紙に戻るようなこともあったといいます。こうして丁寧につくられた動画は、まさにダイバーシティ&インクルージョンの賜物でしょう。完成を前に誰かの一言で「後戻りする」ことができたということは、「大勢がいいというものに異議を唱える」ことができる環境があったということです。これを「心理的安全性の高い環境」と呼びます。心理的安全性の高いチームは生産性が高いということは、Googleが検証した結果です。
働き方改革は時短だけが注目されていますが、最終の果実はそこではありません。労働時間の差別をなくし、24時間働けない人ももちろん、誰もが自分の意見を「言ってもいいんだ」という環境をつくることが重要です。若手がまったく発言しない会議、子育てや介護をする当事者がいない会議をしていないだろうか? パワーのない人、声が大きくない人の意見も拾えているだろうか? マスコミの働き方改革は、まずはそこからスタートしてみたらどうだろうかと思います。
(文=白河桃子/少子化ジャーナリスト、働き方改革実現会議民間議員、相模女子大学客員教授)