また林氏が実際にロボット開発プロジェクトのリーダーだったことを示すエピソードがある。
「『お前の情熱が足りないから、プロジェクトが動かないんだ!』2012年12月3日、ソフトバンク本社の社長室。緊急会議で役員たちが集められた中、激高した孫正義社長は“末席”に座る1人の社員をにらみつけていた。怒りの矛先は林要」(14年10月18日付東洋経済オンライン記事『「ペッパー」が呼び寄せた異能の“トヨタマン”』より)
関係役員を代表して孫社長から叱責されたということは、その人物がそのプロジェクトの実質の責任者だったからにほかならない。林氏は単に「開発リーダー」を超えた存在だったわけだ。にもかかわらず、ソフトバンクロボティクスは今になってなぜ、今回のような要請をするに至ったのだろうか。
出る杭は打たれ、外で伸びた杭は目に障る
ソフトバンクを出て林氏が創業したGROOVE X社は、ロボット開発を標榜するベンチャー企業だ。古巣のソフトバンクロボティクス社にとっては競合となった。
17年12月4日に、GROOVE Xはビジネス拡大のための資金調達の発表を行った。同時にソフトバンク本社がある東京港区の汐留に、期間限定ではあるが大きな看板広告を出した。この広告意図について林氏自身は「尊敬している孫正義社長へのオマージュ、メッセージ」だとしているが、「Pepperに対する挑戦と受け取られても仕方ない」との指摘もある(18年1月24日付ロボスタ記事『ソフトバンクが報道陣に異例の通達 林要氏は「リーダーではなかった」 その全容と詳細』)。
ソフトバンクロボティクスとしては、旧社員となった林氏が今に至るも看板商品であるPepperの生みの親であるかの報道に不快感を募らせていたのだろう。冒頭に掲げた「要請文」のタッチは、そのような解釈をすると腑に落ちる。
その「要請文」の発行人となった冨澤社長が、16年春にロボスタにインタビューされたことがあるという。
「ソフトバンクロボティクスの冨澤社長にインタビューをさせていただいた際に、席に着くや否や『(林氏が)Pepperの父という表現は間違いだ』と指摘された」(同記事)
「また冨澤社長は『彼に部下なんていなかった』とも加えた。周囲に賛同を求めると、6、7人が黙って頷いたのだった」(同記事)
社長が不機嫌にそのように言い放ったとしたら、「そうではありません」などと言える部下はあまりいないだろう。自分を差し置いて在職中は社長でもなかった人物が、看板商品の「アイコン」扱いをいまだに受けているというのは、現社長にしてみればおもしろくないことは想像できる。そこでカリスマ経営者である孫社長を担ぎ出して、「本当の生みの親はこちらだ」と声を張り上げた。もちろん、それは正しいことだ。大人気ないとする向きがあっても、間違いとして指摘されることはない。しかし、あえて声を上げるようなことだったろうかとの思いは残る。
林氏は大人の対応
1月24日に出されたGROOVE Xのリリースには次のようにある。
「林要のソフトバンクロボティクス社様勤務時代の呼称について、当社並びに林要自身から特段主張させていただくことはございませんので、ソフトバンクロボティクス社様のご指摘通り、林の経歴を含む表現に関しまして今後は『Pepperプロジェクトの(元)プロジェクトメンバー』または『PMO室長』という表現に統一させていただきたいと考えております」
さらに、林氏の所感と思われる表現もあった。
「当社林は、Pepper開発という大変貴重な経験をさせていただいたメンバーの一員として、ソフトバンク社様に対して感謝の念を忘れることはありませんし、当社GROOVE Xが創る LOVOTという新世代家庭用ロボットが Pepper同様、皆様に受け入れられ、愛していただけるよう開発に注力していくことで関係者の皆様や社会に対して恩返ししていく所存です」
林氏側のこのような対応もあり、ソフトバンクロボティクスと林氏側の対立という構図にはならずにこの問題は決着を見たようだが、実はこの二者のほかに、この問題をめぐる登場プレーヤーがいる。
それは、林氏やPepperを紹介、報道してきたメディアというプレーヤーだ。メディアがある人物を紹介するとき、その呼称をどのように決定しているか。一義的にはその人の正式肩書きであるが、「開発リーダー」のように一般呼称としての称号で呼ぶのは、メディア側の判断となる。つまりPepperについて誰が実質上の開発リーダーだったのか、という判断が無意識に行われているのである。
メディア側が呼称を選択することは評価行為であり、言論行為なのだ。林氏を「Pepperの開発リーダー」と多くのメディアが呼んできたということは、そのまま林氏の業績に対する評価だったといっていい。林氏が自らの業績を誤って、あるいは誇張して伝えてきたわけではない。
このような構造で今回の事案を見てみると、実はソフトバンクロボティクスの「要請書」はメディアの評価、判断に対する挑戦だったと解することができる。ソフトバンクロボティクスは「誤謬を正した」と主張するだろうが、実際には言論の自由、発表の自由に対する物言いとなった。
(文=山田修/ビジネス評論家、経営コンサルタント)
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