先日、ビール会社の業績好調を伝えるアナウンサーが、キリンホールディングス(HD)とアサヒグループHDの「事業利益」をサッポロHDの「営業利益」と比較していた。「事業利益」などという聞きなれないものを、なんの説明もないまま他社の営業利益と比較するのはどうかと思うが、なんの説明もなかったのは、アナウンサーもそのニュース原稿をつくった人も、おそらく何もわかっていないからだ。
ここで「事業利益」という言葉が登場するのは、キリンとアサヒの両社がIFRS(国際会計基準)を採用していることと関係している。結論だけ言うと、ここで言っている「事業利益」は従来から日本で使われている「営業利益」に等しい。IFRSにおける「営業利益」は日本基準の「営業利益」とは意味が異なるため、キリンもアサヒも自主的に「事業利益」というものを計算し開示しているのだ。だから、サッポロの「営業利益」と比較するのは「事業利益」でなければならないのだ。
欠けているのは背景知識
実は、「事業利益」の話は、ちゃんと話せば長くなる。「事業利益」には別の意味の「事業利益」が従来から存在するのだ。したがって、キリンとアサヒは独自解釈に基づき従来とは異なる意味で「事業利益」という言葉を使ったことになる。また、「IFRSにおける『営業利益』は日本基準の『営業利益』とは意味が異なる」という言い方も本当は不正確だし、IFRSを「国際会計基準」というのも本当は誤りだ。「国際会計基準」はIAS(International Accounting Standards)であり、それを包括的に継承してIFRS(International Financial Reporting Standards)がつくられたので、「国際会計基準」という基準体系は今はない。IFRSは「国際財務報告基準」だ。IFRSに対して「国際会計基準」という名称を普及させたのは、その経緯を知らないメディアだ。
これらは話せばまだまだ長くなる。話が長くなることからわかるように、正しい言葉遣いには背景知識の理解が必要なのだ。経済ニュースを正しい言葉で伝えるには、会計や会社法の基本的知識が必須だが、わかっていない人はその必要性からしてわかっていない。私も公認会計士の勉強をするまで、そんなことは思いもよらなかった。
記者やアナウンサーの無知は罪が重い。不正確な言葉をメディアを通してばらまき、言葉の乱れを先導することになるからだ。言葉のプロであるはずの彼らがそんなことでは非常に困る。
私は、経済用語や法律用語を正しく理解するためのセミナーや研修をいろいろなところでやっているが、肝心の記者やアナウンサーの方には残念ながら一度もお目にかかったことがない。メディアの関係者の方、いつでも連絡してください。教えに行きます。
(文=金子智朗/公認会計士、ブライトワイズコンサルティング代表)