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松岡久蔵「空気を読んでる場合じゃない」~CAが危ない!ANAの正体(18)

ANA労組、“御用組合化”の実態…CAの過酷労働が改善されず、理不尽な待遇が放置

文=松岡久蔵/ジャーナリスト
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ボーイング737-800(「Wikipedia」より/Helmy oved)

 本連載では、全日本空輸(ANA)が客室乗務員(CA)に対し、相互監視体制の下で見せしめ的な評価制度を実施していることや、SNSのプライベートな利用まで監視して「不適切な投稿」を発見した場合に、数時間にもわたり密室で「お説教」をしたりと、異常なまでの統制を敷いている実態を報じてきた。今回、労働組合が極度に御用化し、CAなど現場から批判が上がるのを困難にしている構造について、明らかにする。

組合員の7割を占めるCAが、執行部にたった1割という歪な男性優位

 総合職、地上職員、CAが加入するANA労働組合(以下、ANAユニオン)の内情についてご紹介しよう。

 筆者が入手したANAユニオンの資料によると、2020年7月時点の組合員数は1万2621人で、CAは8426人と66.8%を占める。単純に数からいえば、CAの発言権が強まってもよさそうなものだが、ユニオンの役員構成を調べると、中央役員(執行部)29人中、CAはわずか4名と全体の1割程度しかいない。なお、ユニオン内の東京客室部(7912人)は3部に分かれており、それぞれ支部委員長と書記長がいるが、委員長ポストは3人ともCAであるものの、3人の書記長はすべて男性総合職が占めている。

 2019年8月1日から20年7月31日までの会計報告を見ると、専従の年収補填などに使われる人件費は2億1368万円かかっているが、これもほとんどが男性総合職の組合員に支払われるものと考えられる。

 ANAユニオンは入社時に全員加入することが事実上強制となっており、月額6800円(コロナ禍による減給後は6500円)を上限として基本給の1.9%を組合費として徴収している。新卒CAは月給の基本給が18万円程度なので、3500円近く徴収される計算になる。現在のようなSNSの監視体制を敷かれたり、眼鏡が禁止されたり、妊娠したら無給休職の選択しかなかったりという労働環境を強いられる現状が改善される兆しもないようでは、あまりに支払い甲斐のない出費といえよう。

労使が完全に一体化

 通常、労働組合とは、組合員の処遇改善などの要望を会社側に伝え実現させることを目的とするものだ。ところが、ANAユニオンは完全にといっていいほど、労使が一体となっているのだ。それがよくわかる資料をご紹介しよう。コロナ禍が本格化する前の19年7月のユニオンニュースの客室専門部の記事がそれだ。以下、原文のまま引用する。

~客室専門部の活動トピックスについて紹介します!~

2019年度は、2020年までに「ANA流JapanQualityのOMOTENASHIで世界一」になるための重要な1年であるとともに、「基本品質の総仕上げ」の年でもあります。この重要な1年の基盤となる「2019年度客室センター運営方針」と「客室センター人員計画」について会社に確認しました。

<2019年度客室センター運営方針>

会社との意見交換では、運営方針の達成に向けて、管理職が自ら率先垂範して取り組む強い意志を確認できました。2020年までに「世界一」となるためには、労使で一丸となって、運営方針の重点項目を「やり切る」必要があります。そのためにも客室センターの一人ひとりが互いに支え合いながら、日々の業務における「まずは、やってみよう」の風土醸成や、「人づくり」・「組織づくり」をおこなっていくことが大切です。

<2019年度 客室センター人員計画>

人員計画は、客室センター運営方針やCA一人ひとりの働きがい・やりがいを実現するための 「土台」 なります。新規路線就航などの環境変化にも対応した計画であること、「人づくり」・「組織づくり」 に向けて 稼働投資や会議体の工夫がされていることを確認しました。ユニオンは、運営方針や人員計画で検討されている各種施策が計画どおりに進められているか、引き続き、職場状況を点検していきます。

――引用ここまで――

 これがユニオンの活動トピックスだという。前述した通り、本来、労働組合とは、会社施策が計画通り進められているかをチェックする存在ではないはずだが、「2020年までに『世界一』となるためには、労使で一丸となって、運営方針の重点項目を『やり切る』」というように、労使が完全に一体化している。しかも、「新規路線就航などの環境変化にも対応した計画であること、『人づくり』・『組織づくり』 に向けて稼働投資や会議体の工夫がされていることを確認しました」というが、ANAがコロナ禍前の19年まで新卒から国内線と国際線のどちらにも乗務させるという無理筋な教育方針をとっていたことに加え、「魔のロサンゼルス1泊4日勤務」の前に国内線に2日乗務するという超ハードスケジュールをCAに強いていることからすれば、まったくナンセンスだといわざるを得ない。

ANAユニオンは1980年代後半の国際線就航から急激に御用化

 ANAでは、国際線の就航が始まった1986年以降、急激に会社側の御用化が進んだ。当時の経営幹部は国際線に経営資源を集中する方針を掲げ、労働組合の役員を入れ替え、会社に協力的な組合に変えようとする圧力を職場にかけたという。以下は当時をよく知るANAの元CAの証言。

「特に90年前後から労働組合の役員選挙に、管理職に近いチーフ層のCAが次々と立候補するようになり、『この人に投票するように』という上からの指示により、皆はその通りに投票せざるを得ない状況になりました。気がつくとそれまで職場の要求実現のために頑張っていた組合役員が全員落選させられ、1994年以降は、労使協調の役員ばかりの組合になっていった」

 労働組合が労使協調路線に転じて以降は、坂道を転げ落ちるように雇用や労働の条件悪化が続いたという。順番に挙げていこう。

 1995年には契約制が導入された。入社から3年間は契約社員として勤務することを余儀なくされ、正社員になっても賃金や福利厚生などが大幅に下げられることになった。(ANAでは2014年から正社員採用が復活しているが、これは東京五輪を見据えた国際線の急激な拡大路線によるもので、その教育制度や採用のずさんさは本連載第4回をご参照)

 さらに、1996年には乗務手当65時間保障制度が廃止された。現在のコロナ禍のようにフライトが激減した場合でも、一定程度生活を保証するものであるが、これがゼロになった。現在、CAが手取り15〜16万円という東京都内では生活に困るレベルの生活を強いられている元凶はここにある。一方、パイロットには今も乗務手当保障があり、同じ機上勤務の職種でCAだけ廃止というのは、ジェンダー平等の観点からも問題といえる。

 2000年代に入ると、大橋洋治相談役が02年以降に主導した200億円の人件費カットで基本給が5%減給され、03年には通勤手段のコストもカットされた。具体的には、長距離国際線乗務の後は疲労を考慮し、タクシー配車が認められていたが、一切なくなり、午後11時以降でなければタクシー使用が認められなくなった。こちらも、パイロットのタクシー配車は廃止されなかったが、「CAは時差のある長時間フライトの後でも重い足取りで電車などの公共交通機関で帰宅せざるを得なくなった」(ベテランCA)。

 04年には、CAの月間乗務時間制限がそれまでの90時間から100時間に延長された。1日の平均乗務時間が3.5時間~4時間として月に2日~3日長く働くよう、負担が重くなった。なお、JALではこの当時90時間、現在でも95時間制限となっている。

 05年には基本給だけでなく乗務手当についても会社の「評価」により差がつくようになった。この評価制度は、全体の乗務手当の切り下げだけでなく、「ものが言えない」職場づくりの要因にもなる、世界でも例をみないものであった(こちらについても連載第1回をご参照)。

 08年には、国内線乗務者と国際線乗務者が分かれていた勤務体制が、「混合スケジュール」になり、いっそうの勤務の「効率化」が進んだ。それ以前は、パリやニューヨークなど長距離国際線の前後は休日、または休養日だったのが、国内線も飛べるようになった。その後、10年代半ばごろからは、国内線を2日間飛んだ後3日目から長距離国際線2泊4日を飛び、その後の休日はわずか2日間という過酷な勤務パターンもつくられるようになった(具体的な勤務スケジュールなどについては連載第2回をご参照)。

 この苛酷な6日連続勤務を改善してほしいというCAたちの声はANAユニオン内でも無視され、14年以降、ニューヨーク線の後、現地で亡くなるというCAの悲報が何件か続いたという。

安全文化には自由に発言できる環境が必要

 以上のように、ANAではCAが労働条件の改善要求を通すことは事実上不可能に近い。本来、経営側に問題を訴えるべき組合が、経営側と完全に一体化している以上、ANAが掲げる「打倒JAL」「国際線至上主義」の目標に向かっていく過程で、90年代以降にCAの賃金や福利厚生などにしわ寄せがいくのは当然の流れだった。

 JALではCAの労働組合が独立して存在するが、「ANA経営陣は社員の過半数を占めてきたCAが団結するのを嫌い、会社優位を崩さないために絶対にそれを認めなかった」(ベテラン社員)という。こんな状況では「眼鏡NG」「制服はスカートしかない」といった意味不明な規定や、妊娠した途端に無給休職しか選択肢がないという、女性社員の人生に対して無理解な制度設計がまかり通るのも無理はなかろう。先のベテランCAはANAの現状について以下のように憤る。

「新人の基本給についても総合職とCAでは3〜4万円程度の差があり、CP(客室責任者)の1時間あたりの乗務手当も副操縦士の半額以下です。また、パイロットには乗務手当にさらに上乗せされる職務手当がありますが、こちらはCAには廃止されました。総合職もパイロットもそれぞれ重要な仕事だとは思いますが、あまりにCAばかりが不公平に下げられています。

 海外の場合、CAに国家ライセンスが付与され保安要員としての役割が明確化されていますが、日本ではそのような制度はなく、CAはサービス業として位置づけられています。男性目線で『単なる空飛ぶホステス』のような位置づけとして軽んじられている証拠です」

 一便あたり数百人もの乗客の命を預かる航空業界では、現場からの率直な意見が経営幹部の耳に届きフィードバックされるという回路が確保されるかどうかが、安全に直結する。このような上意下達、男性総合職が取り仕切るような組織文化が改善されない限り、乗客の一人としては甚だ不安である。ANAはナショナルフラッグキャリアと自称している以上、これらを是正する必要があるだろう。

 ANAでは労使一体化で、ユニオン役員になることが出世のワンステップとなっているが、その弊害についても改めて報じる。

松岡久蔵/ジャーナリスト

松岡久蔵/ジャーナリスト

 記者クラブ問題や防衛、航空、自動車などを幅広くカバー。特技は相撲の猫じゃらし。現代ビジネスや⽂春オンライン、東洋経済オンラインなどにも寄稿している。
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Twitter:@kyuzo_matsuoka

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