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篠崎靖男「世界を渡り歩いた指揮者の目」 第4回

英BBCのオーケストラが、「おんぼろマイク」を使う理由

文=篠崎靖男/指揮者
英BBCのオーケストラが、「おんぼろマイク」を使う理由の画像1「Getty Images」より

クラシック音楽が好きという人は多いと思うが、音楽家がどのような生活を送っているのか、オーケストラがどのように運営されているのかなどについては、意外に知られていない。音楽が文化として深く生活に根付いているヨーロッパと違い、日本では音楽家は一般人の身近な存在として認知されていない感すらある。

 本連載では、ヨーロッパを中心に世界各地のオーケストラを指揮してきた篠﨑靖男氏が、知られざる音楽の世界を紹介する。

 オーケストラの仕事というのは、もちろん多くの観客の前で演奏を披露することがメインですが、放送やCD録音づくりも大切な活動となります。日本のNHK交響楽団のように、もともとは放送のためにできたオーケストラも世界中にたくさんあります。演奏会をそのまま生放送する場合もあれば、録画を後日放送する場合もありますが、作業的には同じといえます。

 その点、CDも同じく“音を録る”わけですが、少し違う作業となります。時には、演奏会をそのまま録音してCDをつくることもありますし、それはそれでコンサート独特の緊張感や熱気も感じることができるので僕は好きなのですが、演奏会は一発勝負ですので、演奏上のちょっとしたミスやアクシデント、観客席のノイズもしっかりと録音されてしまいます。完璧さを要求されるCD録音では、演奏会とは別に行われることがほとんどです。

 コンサートであれ、録音であれ、指揮者はオーケストラを率いるので、簡単に言えば“ボス”となります。これは、20代でペーペーの経験のない指揮者でも、80歳を迎えた老巨匠でも同じです。しかし、こと録音となると、もうひとりの人物が参加してきます。それはプロデューサーです。凄腕のプロデューサーともなると、驚くほど音楽的能力と知識が豊富で、ステージから離れた別室にこもって楽譜を眺めながら、指揮者も気づかなかったような奏者のミスをどんどん指摘し、録り直しを要求してきます。時には音楽的なことも意見してくるほどです。指揮者も従わなくてはいけない大きな存在で、録音の際には、本当のボスともいえそうです。

 録音の仕事で大変なことといえば、同じ場所を何度も録り直すことですね。毎回、緊張を強いられます。何度も何度も演奏して、やっと完璧な演奏が録れただろうと思っても、たった一人の奏者のミスで、またやり直しになることもあります。楽譜をめくった時のノイズひとつでも台無しになるので、演奏以外での注意も必要になります。ミスやノイズがなく、うまくいったとしても、プロデューサーは「もっと良い演奏にならないか。もう一度!」とダメだしをしてきます。

 5回、6回と同じ場所を演奏していると、正直うんざりしてくるものです。そんな状況でも、「前回とテンポが違う」「演奏に張りがない」などと、スピーカー越しに容赦なく指示が出てきます。向こうは、別室でヘッドホンをつけて音だけを聴いているわけで、ステージ上の指揮者や楽員がどんなに疲れ切っていても関係ないのでしょう。ちょっと険悪になりかけたところで「休憩!」となるので、わざと察していないふりをしているのかもしれません。

篠﨑靖男/指揮者、桐朋学園大学音楽学部非常勤講師

篠﨑靖男/指揮者、桐朋学園大学音楽学部非常勤講師

 桐朋学園大学卒業。1993年ペドロッティ国際指揮者コンクール最高位。ウィーン国立音楽大学で研鑽を積み、2000年シベリウス国際指揮者コンクールで第2位を受賞し、ヘルシンキ・フィルを指揮してヨーロッパにデビュー。 2001年より2004年までロサンゼルス・フィルの副指揮者を務めた後ロンドンに本拠を移し、ロンドン・フィル、BBCフィル、フランクフルト放送響、ボーンマス響、フィンランド放送響、スウェーデン放送響、ドイツ・マグデブルク・フィル、南アフリカ共和国のKZNフィル、ヨハネスブルグ・フィル、ケープタウン・フィルなど、日本国内はもとより各国の主要オーケストラを指揮。2007年から2014年7月に勇退するまで7年半、フィンランド・キュミ・シンフォニエッタの芸術監督・首席指揮者としてオーケストラの目覚しい発展を支え、2014年9月から2018年3月まで静岡響のミュージック・アドバイザーと常任指揮者を務めるなど、国内外で活躍を続けている。現在、桐朋学園大学音楽学部非常勤講師(指揮専攻)として後進の指導に当たっている。エガミ・アートオフィス所属

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