1980年代後半、わが国の“資産バブル”の頃までは、“百貨店”で買い物をすることは一種の憧れであり、ステイタス・シンボルであった。特に、伊勢丹(現三越伊勢丹ホールディングス/以下、三越伊勢丹)のタータンチェック柄の紙袋を手に提げて通りを歩くことは、多くの人にとって豊かさを実感する体験のひとつだったといえるだろう。
しかし、現在の三越伊勢丹にかつての栄光を感じ取ることはできない。過去6年間ほどの株価の推移を見ても、東証株価指数(TOPIX)が130%程度の上昇を遂げているのに対して、三越伊勢丹の株価は60%程度の上昇にとどまっている。これを見る限り、市場参加者は同社の成長性をあまり評価してはいない。
同社は、伊勢丹の商品開発やブランド発掘のノウハウを生かして、グループ全体の収益獲得を目指してきた。その考えは、今なお重視されている。しかし、思うように成果が出ていない。一方、同社の再生につながると考えられる兆候があることも確かだ。今後、三越伊勢丹の経営陣が、旧来の発想にしがみつくのではなく、同社の強みを生かしつつ新しい発想を実践できるか否かが問われる。
低迷する三越伊勢丹の業績
三越伊勢丹の経営を見ていると、かつての成功体験に固執している部分が多いように感じる。成功体験の再現を重視することと、新しい収益の機会を発掘することは異なるはずだ。
かつての伊勢丹は、海外ブランドの国内導入に成功したことで知られる。高度経済成長期からバブル期まで、伊勢丹は「カルバン・クライン」などのブランドを紹介し、流行に敏感な女性を中心に支持を獲得することに成功した。それが、伊勢丹はおしゃれに強い、ブランドの発掘がうまいという評判を高めた。
90年代に入ると、バブルが崩壊した。91年を境に、三越伊勢丹をはじめわが国の百貨店業界の販売額は右肩下がりだ。百貨店の販売額が減少するなかで支持を集めたのが、PB商品などの低価格商品だった。
景気が拡大し、資産価格も急上昇する場合、私たちの心理にはゆとりが生まれる。具体的には、資産効果などが高額商品への支出を支える。反対にバブル崩壊後のわが国のように、資産価格が下落し、景気も低迷すると高額商品への支出が減る。