ファミリーレストラン、牛丼、ハンバーガー、居酒屋、そしてラーメン……。これらの外食チェーンがライバルと熾烈な競争を繰り広げているのは、知っての通りだ。
しかし、全国に約680店舗を展開する外食チェーンでありながら、ライバル不在でひとり勝ちしている企業がある。それは、長崎ちゃんぽん専門店の「リンガーハット」だ。ちゃんぽん業界でこれほどの店舗を有するのは、リンガーハットだけである。
なぜ、ちゃんぽん業界は“リンガーハット1強”なのだろうか。
破竹の勢いで台湾にも進出
ちゃんぽんとは、肉・魚介類・野菜を炒めて麺と一緒にスープで煮る、長崎の郷土料理のこと。1899年(明治32年)に陳平順(ちんへいじゅん)という中国人が長崎で創業した中華料理店「四海樓」が元祖とされている。
地域によって異なるが、一般的に具材は、豚肉、小エビ、イカ、かまぼこ、ちくわ、キャベツ、玉ねぎ、にんじん、もやしなど、およそ10種類。これらをラードで炒めて調味したスープを加え、そこにゆでた中華麺を入れてサッと煮る。ちなみに、同じ材料を半分に減らしたスープで煮て、水溶きした片栗粉でとろみをつけ、平皿に盛った麺の上にかけると「皿うどん」になる。
リンガーハットのルーツも、もちろん長崎だ。原型となる「長崎ちゃんぽん」の1号店が長崎県市宿町にオープンしたのは1974年。「リンガーハット」に店名を改めたのはその3年後で、79年には埼玉県大宮市に出店し、早くも関東進出を果たしている。長崎ちゃんぽんの名が全国区になったのは、この頃だ。
そして、85年には福岡県内に100号店をオープンさせ、同年に福岡証券取引所に株式を上場。それから30年以上が過ぎた今年7月には、台湾2号店となる「リンガーハット台北民権西路店」を台北市中山区にオープンした。
2009年頃に売り上げが低迷した時期はあったものの、世界進出まで果たしているリンガーハット。躍進を支える要因のひとつが「ライバルの不在」である。では、なぜちゃんぽん業界には、ほかに大手チェーンが存在しないのか。
「それは、ちゃんぽんという料理そのものに理由があります。実は、ちゃんぽんはチェーン展開するにはハードルが高いメニューなんです」
そう解説するのは、フードジャーナリストのはんつ遠藤氏だ。
ちゃんぽんのチェーン展開が難しいワケ
なぜ、ちゃんぽんはチェーン展開が難しいメニューなのだろうか。遠藤氏は、「ポイントは野菜にあります」と指摘する。
「ちゃんぽんの最大の特徴は、豊富に使われる野菜や海鮮などの具材。チェーン展開をするには、年間を通してそれらの具材を安定供給し、メニュー価格が変動しないようにする必要があります。なかでも野菜の安定供給は、ちゃんぽんを全国展開する際の大きな課題なのです」(遠藤氏)
おいしいちゃんぽんを提供するには、豊富な野菜が不可欠だ。しかし、野菜をたくさん使えば原価が上がり、また仕入れや流通のハードルも高くなる。ちゃんぽんをチェーン展開するのは、実は容易ではないのだ。
加えて、チェーン店の最大の強みである「どの店に行っても同じ味」という点についても、ちゃんぽんでは実現するのが難しいという。
「ちゃんぽんをつくるときは、魚介類や野菜などの具材を中華鍋で炒めてから麺と混ぜ合わせる工程が必要です。しかし、『中華鍋を振る』というのは、調理人の腕によって味に差が出てしまいかねない製法なんです。そうなると、『どの店に行っても同じ味』が実現できない。その意味でも、ちゃんぽんという料理はチェーン店ビジネスではマイナスに作用してしまうのです」(同)
しかも、外食業界では人手不足が深刻な問題となっている。そうした状況下で中華鍋を上手に扱える調理人を確保するのは、かなり困難なはずだ。「人件費もかかるので、普通に考えれば、ちゃんぽんの全国チェーン化は現実的な戦略とはいえないでしょう」と遠藤氏は言う。
逆にいえば、こうした課題をクリアしたからこそ、リンガーハットは世界市場にまで駒を進めているわけだ。
「リンガーハットは農家と年間契約を結び、具材の調達から流通までのシステムを整備し、国産野菜の安定供給と原価の抑制に成功しました。また、リンガーハットのキッチンには、野菜に均一に火を通すことができる全自動の機械が導入されています。この機械の登場によって、中華鍋を振る工程がなくなり、全国どのお店でも同じ味が提供できるようになったんです」(同)
「ちゃんぽん亭」「井手ちゃんぽん」との違いは
それなら、具材の安定供給や味の均一化といった課題さえクリアすれば、他社もリンガーハットに対抗できるのではないだろうか。しかし、これは素人考えのようだ。遠藤氏は「リンガーハットのノウハウは、そう簡単に流用できるものではありません」と話す。
「一口にちゃんぽんといっても、地域によって味や特徴が違います。たとえば、最近、東京都内に進出し始めた『ちゃんぽん亭総本家』が提供するのは、滋賀県発祥の近江ちゃんぽん。これは長崎ちゃんぽんとは使う野菜が異なり、海鮮ベースでもない。つまり、リンガーハットのシステムは応用できないわけです」(同)
ちゃんぽん業界には、ほかに「井手ちゃんぽん」もあり、本店のある佐賀県や福岡県で数店舗が展開されている。しかし、井手ちゃんぽんのビジネスモデルはフランチャイズ方式で、店舗によって具材の内容や野菜の量に差があるという。
「佐賀や福岡の店舗は支店というより個人経営に近い業態で、店によって味や見た目がまったく違う。各店舗の共通点は野菜の多さですが、そうなると原価率も上がります。やはり、全国的なチェーン展開は難しいでしょう」(同)
ラーメン業界にたとえれば、井手ちゃんぽんは「ラーメン二郎」の立ち位置に近く、コアなファンによって支えられている。一方、リンガーハットのターゲットはあくまでファミリー層だ。そのため、メニューにちゃんぽん亭のような大胆なアレンジはなく、スープにもクセがない。
同じちゃんぽんを扱っていても、メニューもターゲットもビジネスモデルも、リンガーハットとちゃんぽん亭や井手ちゃんぽんとでは、まったく違うのだ。
“ちょい飲み”の先駆者だった、リンガーハット
遠藤氏が近年のリンガーハットを見ていて感じる強みは、「先読みする力」だという。
たとえば、リンガーハットは「100%国産野菜使用」を打ち出し、15年4月から「野菜たっぷり食べるスープ」を提供している。これは、以前からメニューにあった「野菜たっぷりちゃんぽん」に「麺なし」や「麺半分」などのオーダーが多かったことから、レギュラーメニュー化が決定したものだ。
しかし、このメニューは「麺の代わりに野菜が入っているようなもの」(同)なので、原価率はかなり高くなっている。それにもかかわらず、全国の店舗で展開しているのだ。遠藤氏も「これはすごいことですよ」と感嘆する。
「野菜たっぷり食べるスープ」のレギュラーメニュー化は、「食の安全」や「健康志向の高まり」といった消費者のニーズを先読みした結果であり、リンガーハットの柔軟な姿勢を表しているといえる。こうした先読みする力やフットワークの良さも、リンガーハットの強みのひとつだという。
「リンガーハットは、外食やコンビニ業界でトレンドとなっている『ちょい飲み』もかなり早い段階で導入しています。実は、吉野家の吉呑みやファミレスのちょい飲みは、これに続くかたちで登場したものです。リンガーハットは、今後も繁華街を中心に、ちょい飲み需要をどんどん取り込んでいくはずです」(同)
今後も、ちゃんぽん業界でのひとり勝ちが続きそうなリンガーハットの新たな仕掛けに注目していれば、外食産業の未来を知ることができるかもしれない。
(文=真島加代/清談社)
●取材協力/はんつ遠藤(はんつ・えんどう)
フードジャーナリスト。ラーメン、うどん、ご当地料理、デパ地下、B級グルメなどへの取材は9500軒を超え、メディアで活躍中。『週刊大衆』や『東洋経済オンライン』など、多くの連載を抱え『デパ地下グルメ図鑑』など著書多数。