作田氏の後任として会長兼CEOに就任した遠藤隆雄氏は、マイコン分野でシェアを伸ばしてきた独インフィニオン・テクノロジーズとの提携を模索した。しかし、同氏の考えは国内企業への株式売却を進めたい産業革新機構の考えと対立した。それが、遠藤氏がルネサスを離れた大きな原因と考えられる。
重要性高まる買収戦略の考え方
ルネサスは成長強化への取り組みを十分に進められていないと考える。同社再建は道半ばだ。遠藤氏の後を継いだ呉文精社長兼CEOは、買収を進めることによって同社の成長を加速しようとしている。変化のスピードが速い環境のなかで、自社内部の取り組みだけで成長を目指すことは容易ではない。必要に応じて自社の競争力向上に貢献すると考えられる要素を買収によって取り込むことは重要だ。
しかし、IDTの買収に関するルネサスの見解を見ていると、経営陣が注力すべき分野を明確に認識しているか不安だ。資料を見ると、車載マイコンに加え、産業、データセンター、スマートホームなどのブロードベースドと、複数の事業におけるシナジー(相乗効果)が列記されている。また、買収に関する説明会での質疑応答を見ると、IDTの強みをルネサスの成長にどうつなげるかは今後検討していきたいとの説明もある。そのほかにも、IDTの買収によって期待されるシナジーの半分程度が車載マイコン以外の分野だとの説明もある。
その発想が、自社の強みが発揮できる車載半導体分野にプロダクトミックスを絞ることに直結するとはいいづらい。IDT買収の印象は、ルネサスが得意分野への注力よりも、サムスンなどとの競争を念頭に置いた事業規模の拡大を重視し始めたということだ。それはかつてリストラの対象となった事業の再整備を進めることとも受け取ることができる。
ルネサスに求められる発想は、焦点を絞り、成長に必要な技術開発力などを取り込むことだろう。企業全体ではなく、必要な事業だけを買収することが重視されてよい。その考え方に比べると、IDTの買収は大味な印象を残す。
世界的に半導体市況が過熱し、一部市場参加者は市況のピークアウトを懸念し始めたようだ。そのなかで、高値で買収を実行してしまうリスクも無視できない。のちのち、のれんの減損によってルネサスの業績と財務内容が悪化することのないよう、経営陣が明確なビジョンと戦略をもって買収を進めることを期待したい。
(文=真壁昭夫/法政大学大学院教授)