マーケティング学者であるバーガーは、一つの選択において、消費者に「周りと似ていたい」と「周りと違っていたい」という二つの対立する動機が同時に生じる状況を説明しています【註1】。社会心理学では、前者を他者への接近や同調、後者を他者からの離反や他者への非同調といいます。周りに同調するのは、社会や特定の集団に適合したいという所属欲求や承認欲求があるからです。また、周りと類似していることで、自分の考えや行動が間違っていないと感じることができます。他方で、人には群衆に埋もれたくないという独自性欲求があるため、特別でユニークな存在でありたいと願います。そしてそれを可能にするのが周りから離反すること、すなわち差別化です。これらの二つの動機が共存するとき、周りと似ていたいが違ってもいたいという動機になるのです。
似ていたいと違っていたいという二つの動機を満たす選択とは
バーガーによると、この二つの動機を満たすための解決策は「ほどよく似ている」といった、適度な類似性のある選択をすることです。このことを確認するために、バーガーは被験者にグレーとブルーのメルセデス・ベンツ(スポーツセダン)、グレーとブルーのBMW(クーペ)の四つの車を提示し、その中から好きな車を一つ選んでもらうという実験を行いました。このとき、回答前に他者の選択を見せる場合と見せない場合のどちらかに被験者を割り当てました。
結果は、被験者の選択が他者の影響を受けることを示しており、他者がグレーのベンツを選択していた場合にはブルーのベンツが、他者がブルーのBMWを選択していた場合にはグレーのBMWが選択される傾向が見られました。つまり、ブランドは同じでもカラーが異なる車、すなわち「似ているけれども違っている車」、言い換えれば「ほどよく似ている車」が選択されたのです。
ブランド選択における接近と離反
この「似ていたいが違っていたい」いう動機は、アイデンティティが意識される状況ではどのような選択につながるのでしょうか。このような状況では、内集団と外集団が重要な役割を果たします。内集団は自分が属する、あるいは属したい集団で、それ以外は外集団となります【註2】。
アイデンティティとは、自分がどういった人間なのかについての自分自身の認識で、多くの人は、自分のアイデンティティを周りに示したい、わかってもらいたいと思っています【註3】。ただし、それは言葉で直接伝えるのではなく、ファッションやヘアスタイルなどなんらかの手段を通してさりげなく示します。したがって、この行動は「アイデンティティのシグナリング」と呼ばれます【註4】。