本当はここまで人手不足が深刻ではない
今の時代、企業は次々と新しいビジネスを展開しなければ競争に勝ち抜くことはできない。もし雇用に流動性があれば、新規事業のたびに他社から人材が集まり、他社の新規事業には非コア部門の人材が転職するなど、人の往来が激しくなる。市場全体では適材適所で人材が最適化されるので、組織が過度に肥大化することはない。
だが日本の場合、新規事業を行うにあたって社員を増員しても、辞めて行く人が少ないので、社員総数は増えるばかりとなる。しかも年齢が高い社員の給料は高いので、実質的に仕事がない状態でも、中高年社員には高給を払い続けなければならない。
その結果、日本企業の多くがメタボな体質となっており、これが総人件費を圧迫している。企業にとって重要なのは個別の年収ではなく総人件費なので、これを抑制するためには、社員全体の昇給を抑制するしか方法がない。つまり今の雇用形態を続けている限り、企業は限りなく社員の昇給を抑制せざるを得ないのだ。
失業率の異様な低さと、それに伴う深刻な人手不足も、実は会社の過剰雇用が原因である。
日本企業には事実上、社内に仕事がない状態の社員(いわゆる社内失業者)が多数、在籍している。これを茶化して表現したのが、いわゆる「働かないオジサン」である。リクルートワークス研究所によると、社内失業者の数は2015年時点で400万人を突破しており、2025年には500万人近くになる見通しだという。
現時点における完全失業者の数はわずか166万人なので、その2倍以上の労働者が事実上の失業状態にある。もし彼らが職を失えば、単純計算で失業率は8%台まで跳ね上がってしまう。
こうした事態は、日本経済の成長に深刻な影響を与えている可能性が高い。新しい人材が市場に出てこないので、イノベーションが進まず、日本経済全体が労働集約化しているのである。
日本経済は労働集約型になっている
日本における経済成長率は就業者数の増加率と近い数字になっている。日本の就業率は60%に達しており、先進国としては突出して高い状況である。日本では、老若男女を問わず、働ける人はほぼすべて働きに出た状態といってよく、ここまで就業率が上がっているのは、人を投入しないと経済を拡大できない状況に陥っているからである。
日本は生活に必要な物資の多くを輸入に頼っているので、円安は輸出産業にとって有利でも生活者には不利になる。日本経済は2012年から2018年にかけて、6%就業者を増やして、実質7%の成長を実現したが、同じ期間で一人当たりのGDP(ドルベース)は2割も減っている。円安で日本人の購買力が低下した分以上に、成長による付加価値増加がないと、その効果を実感することはできない。
貿易立国にとって、1人あたりのGDP(ドルベース)は国民の豊かさに直結する指標だが、これだけ人を投入しているにもかかわらず、年々貧しくなっているというのは、やはり大きな問題だろう。
賃上げを実施するにしても、付加価値(1人あたりのGDP)が増えなければその原資を捻出できない。賃金が下がってしまうのも、そして失業率だけが低下するのも、多くはこうした経済の基本構造が影響している。
ひとたび経済が労働集約的な状況に陥ると、これを回復させるのは容易なことではない。中国や韓国、あるいはアジア各国と価格勝負をしながら、従来型製造業に依存するという日本の産業構造を変えない限り、本当の意味での豊かさを実現するのは難しそうである。
(文=加谷珪一/経済評論家)