「アーティスティックな表現をするのに、造形でやってしまうと、うるさくなってしまう部分がある。光と影の表情でアーティスティックな表現ができないだろうかとつくったのが、『RX-VISION』です。キャラクターラインがまったく入っていないのですが、光の当たり方でいろいろな表情を出すんですね」
最大の課題は、デザイナーが意図した光の反射をつくり出すことだった。これまた詳細はのちに述べるが、それを可能にしたのが、金型製作部門が導入した「ゼブラ投光器」だ。CADデータと照らし合わせて、デザイナーが意図した光の反射が再現できているかどうかが確認できる。
16年、当時の社長の小飼雅道のもとに、独BMWグループから1通の招待状が届いた。招待状には、イタリアで開かれる名車イベント「コンクール・ド・エレガンス」にぜひ、この「RX-VISION」を持ってきてほしいとあった。大変な名誉である。
「コンクール・ド・エレガンス」の会場となったのは、北イタリアのコモ湖の湖畔にある「ヴィラ・デステ」というホテルだった。会場には、世界中のコレクターたちが何億円もするヒストリックカーを持って集まっていた。
「RX-VISION」が入場してきた。ハンドルを握るのは、前田だ。上がり始めた朝日が車体に映り込み、コモ湖周辺の深い緑が車体に融け込んでいった。息をのむ美しさだった。前田自身、屋外の景色の中の「RX-VISION」を見るのは、初めてだった。
「イタリア人のお金持ちが僕のところに近づいてきて、『なんか、このクルマ、すごく色っぽいね。その一方で、日本庭園のような繊細な印象がある』と言ってくれました。もう最高の誉め言葉ですよね」
「RX-VISION」に続き、17年10月には、4ドアクーペのコンセプトモデル「マツダ VISION COUPE」が発表された。表現したのは、「凛」だ。前から後ろまでひとつのモーションで全体が結ばれ、直線的な硬質の光を放つ。サイドパネルがえぐられた独特の面構成は、光の当たり方で微妙な変化を見せる。
じつは、「VISION COUPE」は「RX-VISION」と同時にスタートしたにもかかわらず、発表までに2年余計にかかった。「RX-VISION」以上に繊細な光を表現しようとしたからだ。
クレイモデラーとデジタルモデラーが共創し、手でつくったクレイモデルをデジタルデータに置き換えて、リフレクションの検証をし、再びクレイモデルをつくる作業を何度も繰り返した。このクレイモデラーの努力については、また別稿で触れる。