昨年(2024年)1月2日に東京国際空港(羽田空港)で発生した海上保安庁の航空機(海保機)と日本航空(JAL)機の衝突事故について原因を調査している運輸安全委員会は先月25日、経過報告を公表。管制タワーの滑走路占有監視支援機能はC滑走路への海保機の侵入を検知して注意喚起を発していたが、タワー管制官はそれを認知せず、一方で東京ターミナル管制所の管制官は注意喚起表示を認知し、タワー管制官に衝突の15秒前にスピーカーによるホットラインで問い合わせを行ったものの、タワー管制官には意味が通じていなかったことがわかった。これについて運輸安全委員会は管制塔の3名の管制官にはヒヤリング調査を行っている一方、東京ターミナル管制所の管制官に対してはヒヤリングを行っていない。運輸安全委員会、海上保安庁はともに国交省の外局、管制部は同省の一部門だが、身内への調査に遠慮が目立つという指摘も聞かれる。今回の経過報告について、航空経営研究所主席研究員で元桜美林大学客員教授の橋本安男氏に解説してもらう。
報告書全体の印象
報告書は、まとめに当たる「3章 今後の調査・分析の方向性」のなかで「事故発生に関与した要因」について以下のように述べている。
「事故は、以下の3点が重なり発生したものと考えられ、今後、再発防止の観点から、3点について、その要因の分析を進め、原因を明らかにする必要がある」
(1)海保機は、航空管制官から滑走路への進入許可を得たと認識し、滑走路に進入し停止したこと。
(2)東京飛行場管制所は、海保機が滑走路に進入したこと及び滑走路上に停止していたことを認識していなかったこと。
(3)JAL機は、滑走路上に停止していた海保機を衝突直前まで認識していなかったこと。
今回は経過報告であり、また運輸安全委員会の目的は、法やICAO(国際民間航空条約)の取り決めに照らし、航空事故の責任追及ではなく、あくまでも航空事故の原因究明とその防止にある。だが、今回の報告書は事実関係の調査にほぼ終始し、かつ慎重な表現が目立っており、事故の原因や対策にもう少し踏み込んでも良かったのではないかという印象が持たれる。
海保機
経過報告は事故要因として
(1)海保機が誤侵入
(2)管制が海保機誤侵入を非認知
(3)JAL機が海保機を非認知
を並列に置いているが、海保機が管制指示に相違して誤ってC滑走路に侵入したことが一義的な要因であることは明白に見える。報告書によれば、2024年元旦、能登半島地震の発生を受けて海上保安庁は羽田特殊救難基地特殊救難隊の隊員を同日、事故機と同じ機体で小松基地経由で派遣していた。翌1月2日に海保機は震災支援物資を同庁の新潟基地に届けた後、小松空港に飛行し、前日派遣した特殊救難隊の隊員を乗せて羽田に帰投する計画となった。ところが、整備の飛行前点検で補助動力装置(APU)の発電機に故障が見つかり、整備作業に時間を要するとともに、そのままでは目的地でのエンジンの始動に支障を来す状況となった。その後、調整の結果、新潟空港では電源車の借用が可能となった一方、小松空港では電源車の借用が可能かは分からなかった。とりあえず新潟空港へ向け見切り出発することになったが、故障に伴う整備作業などで出発時刻が遅れ、海保機の機長は航空機乗組員の帰宅方法についても考慮し、なるべく急がなければならないと考えた。このことが、急ぐあまり操縦士の判断力など人間の能力を低下させる「ハリーアップ症候群」(米国NASAの用語)を招いた可能性がある。
海保機が離陸する羽田空港C滑走路に向かうなか、17時45分14秒にタワー管制官は海保機に対し「JA772A, Tokyo TWR, good evening. No.1, taxi to holding point C5」と述べ、C滑走路手前の停止ポイントまで進み待機するよう指示した。これに答えて副操縦員は17時45分18秒、「To holding point C5, JA722A. No.1, Thank you」と正確に復唱した。ところが、海保機長は副操縦員の「No.1」の復唱にかぶせて「No.1」「C5」と言った。この時点で海保機長は、離陸の優先順位が1位であるだけなのに、これを離陸許可と誤認していた可能性がある。
17時45分23秒に海保機長は「問題なしね」と言い、これに副操縦員は「はい、問題なしでーす」と答えた。そして17時45分25秒に機長は「はい、じゃあ、Before Takeoff Checklist」と言い、本来離陸許可が出てから実施すべき離陸前チェックリストの開始を指示した。この時点で副操縦員が疑問を持ち、機長に話し、タワー管制官に再確認していれば、C滑走路への誤侵入は防げたはずである。
結局、海保機は滑走路停止ポイントで止まることなく、17時46分26秒頃にC滑走路に侵入した。このような機長の誤認識の背景には、急ぎや焦りによる『ハリーアップ症候群』によるヒューマン・エラーに加え、震災支援物資を運ぶという使命感と共に自身が離陸優先順位で特別扱いされるという思い込みがあったのかもしれない。一方でタワー管制官は、事前に飛行計画を確認して、この海保機の飛行は捜索救難機のように優先的な取り扱いの必要がない単なる物資輸送のための飛行であると認識していたのである。しかし、裏を返せば、捜索救難機であれば海保機の飛行は優先的な取り扱いを受けているということである。このような海保機フライトでの離陸優先順位の特殊性について、報告書はもっと踏み込んで分析しても良かったのではないだろうか。
報告書によれば、17時47分27秒にJAL機が海保機の後部に衝突する直前に、海保機長は離陸のためエンジンの出力を上げ始めていた。このため、海保機長は衝突と火災が発生した際、エンジンが爆発したものと思った。そして、数秒間伏せていた後、後席にいるはずの機上整備員に確認しようとしたが、姿は見えなかった。副操縦員も見当たらなかった。「脱出しろ」と叫びながら、操縦室上部にありハッチが外れていた非常脱出口から脱出した。改めて他の5名の航空機乗組員を探したが、発見できなかった。火災を避けC滑走路東側の草地に移動した海保機長は、火災のため、両手及び両足に火傷の重傷を負いつつも、海保羽田基地に携帯電話で「機体が爆発した。身体はボロボロだ。他の乗員は暗くて分からない」と報告を行った。管制指示を誤認識した可能性が高いとはいえ、海保機長の事故後の振る舞いはプロフェッショナルのそれである。報告を受けた海保基地は、特殊救難隊の隊員を事故現場に向かわせることにした。たらればの話となるが、もしJAL機の着陸が30~60秒遅ければ、海保機は離陸して衝突を回避できていたであろう。
管制官
海保機が誤侵入したとしても、タワー管制官がこれに気が付き、海保機にただちに退去指示を出すか、JAL機に着陸のやり直し(着陸復行)を指示していれば、衝突は回避できたはずである。実は羽田空港の場合、4本の滑走路で、もし複数の航空機が同じ滑走路を使用しようとして滑走路の占有重複状態を検出した場合には、視覚的に注意喚起を行う「滑走路占有監視支援機能」が装備されていた。具体的には、空港面監視画面の滑走路表示が黄色くなるとともに、関係機のデータ表示の色も変わり、航空管制官に視覚的に注意喚起を行う。全管制席卓画面並びに頭上の大型モニター(計14カ所)に表示されるようになっている。ただし、音声アラームはない。
今回、実際に衝突67秒前の17時46分20秒にC滑走路について同支援機能の注意喚起が発動し、衝突1秒後の17時47分28秒まで継続して発動された。いうまでもなく、注意喚起発動の対象は、海保機とJAL機による滑走路の占有重複であった。しかし担当のタワー管制官は発動された注意喚起表示を認知していなかった。これは、当時タワー管制官は自身の管制下にあった5機のほか、D滑走路から離陸する2機の航空機もあわせて目視による監視対象とし、作業が輻輳していたことが主な理由である。加えて、東京飛行場管制所では、この支援機能の注意喚起が発動された場合の処理要領の規定がなく、訓練もなく、また支援機能の機能を理解する資料等もなかったこと、さらに誤発動も多く、信頼に足る機能と見なされず、いわば「狼少年」的に扱われていたことも理由であろう。担当のタワー管制官だけでなく、グラウンド管制官も飛行場調整席を担当していた航空管制官も注意喚起表示を認知していなかった。
ところが、管制タワーとは別の管制所にいた東京ターミナル管制所の管制官は注意喚起表示を認知していた。東京ターミナル管制所とは、羽田空港および成田国際空港において離陸後、着陸前の航空機についてターミナル・レーダー管制業務及び進入管制業務を行う管制機関である。この東京ターミナル管制所の出域調整席を担当していた航空管制官は、「滑走路占有監視支援機能」の黄色の注意喚起表示を認知していた。そして、海保機と着陸するJAL機がC滑走路を重複占有しているため、JAL機が着陸せずに着陸復行するのではないかと考え、タワー管制官に衝突の15秒前にスピーカーによるホットラインで、担当タワー管制官に問い合わせを行った。しかしながら、注意喚起表示を認知していなかったタワー管制官には意味が通じなかった。
報告書によれば、運輸安全委員会は管制塔の3名の管制官にヒヤリング調査を行っているが、注意喚起表示を認知していたこの東京ターミナル管制所の管制官に対してはヒヤリングを行っていない。同管制官は早い段階で注意喚起表示を認知していた可能性があり、ヒヤリング調査により踏み込んだ調査を行うことが望ましい。もし、この東京ターミナル管制所の管制官が67秒間の注意喚起表示の初期に気がつき、かつタワー管制官と上手く連携を取れていれば、JAL機に着陸復行を促し、事故を回避できていた可能性もあるからである。
運輸安全委員会は国家行政組織法第3条により規定される国土交通省の外局であるが、国土交通大臣の管理する外局である海上保安庁、および国土交通省の組織である管制部に対しても、遠慮することなく踏み込んだ調査・分析を行うことが望まれる。
JAL機
報告書は以下の事実から、JAL機の運航乗務員は滑走路上の海保機を衝突直前まで認識していなかったと推定されるとしている。
・JAL機は、最終進入を中止し、復行しなかったこと
・高度500ft以下において、操縦席内で運航乗務員の発話がなかったこと
なお、JAL機のCVR(コクピット・ボイスレコーダー)の記録の中では、17時47分27秒の衝突後、機体が停止した直後の17時48分16秒に訓練乗員が「小型機いましたね」と言った、とされているが、これはまさに衝突直前に海保機を認知したものと考えられる。
報告書は、JAL機が滑走路上の海保機を衝突直前まで認識していなかったことについて、いくつかの事項をあげて、今後事故発生との因果関係に関する分析が必要であるとしている。これら事項のなかで、認識を難しくした要因としては下記があげられている。
・事故発生時は日没後で暗く、月も出ていない状況であった。
・後方から見ることができる海保機の外部灯火は、胴体尾部に取り付けられている衝突防止灯(白ストロボ)及び下部尾灯位置灯(白)並びに垂直尾翼上部に取り付けられている上部尾灯位置灯(白)で、これらは海保機が停止していた滑走路面の滑走路中心線灯の列とほぼ同じ線になっていたこと
・JAL機が着陸を許可されていたこと
一方で、報告書は下記についても因果関係に関する分析が必要であるとしている。
・社内の副操縦士資格を得るための訓練生が右席で操縦し、左席の機長がその指導を行っていたこと
・タワー東から通報された風と機上の風向に相違があったので、運航乗務員が最終進入中の風向の変化を予想し、これに伴う速度の急な変化を懸念していたこと
・機長と訓練乗員が、最終進入中を含め、飛行中HUD(ヘッドアップ・ディスプレイ)を使用していたこと
HUDについては、遠くの視認性を妨げる可能性と、逆に下の計器を見ないことにより視認性が向上するという両方の説が指摘されており、今後の分析結果が注目される。
JAL機は前輪が接地する前に海保機と衝突したため操縦席と前方客室の破壊を免れた可能性がある。報告書は、JAL機のフライト・レコーダーの記録から、衝突時、JAL機の姿勢は3.5°上向きで前輪が接地していなかったことを明らかにし、両機が衝突したときの位置関係を下図のように示している。
JAL機は海保機の尾部に衝突し、操縦室床下の電気室の前方部分に大きな損傷を受けた。続けてJAL機の両エンジンは海保機の主翼に衝突し、大きな損傷を受け、海保機の上を通過する際に胴体下面にも損傷を受けた。もし、JAL機が前輪を接地した状態で海保機の尾部に衝突していた場合には、操縦席と前方客室の破壊が起こり、人命の被害が拡大していた可能性がある。
報告書は、電源が喪失しコクピットからの指令、機内放送(PA)が使用不可となるなか、客室乗務員、機長など運航乗務員が旅客の非常脱出に適切に対応した結果、重大な人的被害が発生しなかったことについて、有用な教訓を引き出すことができるとし、今後さらに分析を進めるとしている。また、脱出が始まったことに気づかず、最初に客室乗務員に言われたままに姿勢を低くして座席に止まり、最終的に機長による最後の見回りで発見され、後部ドアのスライドから脱出することができた旅客が複数名いた。このような取り残された旅客が、1、2名だったのか、もっと多かったのか、最終報告では具体的に明らかにしてほしいものだ。
今後の再発防止に向けて対策について
今回の経過報告は事実関係の詳細を主眼としており、再発防止策については、あまり踏み込んでいない。一方、国土交通省航空局は有識者による対策検討委員会を立ち上げ、対策を立案しすでに一部の対策に着手している。
・国交省の「羽田空港航空機衝突事故対策検討委員会」と再発防止策(主なもの)
【滑走路への誤侵入防止対策】
(1)滑走路状態表示灯(RWSL)の導入拡大(羽田空港C滑走路)
・管制指示と独立して機能する滑走路状態表示灯(RWSL:Runway Status Lights)を主要空港(新千歳、成田、羽田、中部、大阪、関西、福岡、那覇空港)の同一滑走路で離着陸することが想定される全ての滑走路及び誘導路に導入予定。
・羽田空港C滑走路については、2024年10月1日より一部誘導路の工事を先行的に開始。2027年度末以降、2029年度までに順次供用開始予定。
(2)パイロットに対するCRM(Crew Resource Management)訓練の義務付け
注:CRM訓練:パイロット間のコミュニケーション等を向上させヒューマンエラーを防止するための訓練(座学、ロールプレイ等)
・自家用含む全てのパイロットに対して、管制圏において離着陸を行う場合、国土交通大臣の登録を受けた者等が行うCRM訓練の修了を義務付けるべく、制度的措置を検討中。
・定期航空運送事業者に対しては、国際標準に準拠し、2000年度よりCRM訓練義務化済み。
・効果的な訓練の内容、あり方等を検討するため、海外事例調査等を実施予定。
【管制官に対する誤侵入注意喚起機能の強化】
(1)滑走路占有監視支援機能(滑走路誤進入に係る管制官に対する注意喚起システム)を強化中。
・第1ステップとして、2024年10月31日より注意喚起音を追加済み。
・第2ステップとして、2025年度中に、さらに切迫した状況で発動する警報表示・警報音を追加予定。2024年10月よりシステム改修関連作業に着手。
なお、1月2日付産経新聞の報道によれば、航空局は、2025年度以降に、上記の警報表示・警報音が発動された場合は、管制官の判断なしに自動でパイロットに着陸のやり直し(着陸復行)を指示する方向で検討中という。
【離着陸補佐の管制官(離着陸調整担当)を新たに追加配置 (主要空港)】
・報告書でも明らかなように、担当タワー管制官は1人で5機の管制を受け持ち、外に2機を監視対象とするなど、ワークロード上、手一杯となっており、海保機の異常に気付いた東京ターミナル管制所の航空管制官の緊急の問い合わせにも理解して対応することができなかった。しかし、これは担当管制官個人の問題というより、組織上の問題というべきであろう。
・対策として、国土交通省は25年度より主要空港(成田、羽田、中部、大阪、関西、福岡、那覇空港 ※注)に離着陸調整担当の管制官を配置し、航空機の離着陸に係る監視体制の更なる強化を図る。※注:新千歳空港では、防衛省において独自の監視体制を導入済み
・離着陸調整担当は地上管制担当や東京ターミナル管制所のレーダー担当航空管制官との調整を行うことで、飛行場管制担当はパイロットとの交信及び航空機の監視に専念できる。
運輸安全委員会の最終報告に向けて
前項では行政サイドである国土交通省における対策について述べたが、海上保安庁についても一定の対策が必要と考えられる。しかしながら現時点まで、海上保安庁からの本事故に対する見解や対策については、発表されていない。
警視庁は現在、事情聴取を行いつつ、業務上過失致死傷容疑を視野に捜査中である。このなかで海保機、JAL機、管制塔の3者の過失割合の特定を進めているものと見られる。このような環境下で、海保機の滑走路誤進入が第一の要因とみられる本事故について、海上保安庁が見解や対策について語らないことは、無理からぬことかもしれない。
本事故について、(1)警視庁が捜査中であること、(2)国交省の外局である海上保安庁と国交省の管制部という、いわば身内が調査の対象となっていることは、運輸安全員会に対して極度の慎重さを求める要素となっている。しかしながら、運輸安全委員会として、これらの要素にひるむことなく『事故調査は航空事故の責任追及ではなくあくまでも航空事故の原因究明とその防止にある』という原則に徹しつつ、最終報告に向けて毅然として周到な調査と分析が行われることを期待したい。
(協力=橋本安男/航空経営研究所主席研究員、元桜美林大学客員教授)