「キリ」は序章…ベル社のチーズ革命、世界人口100億人時代を救う「ヘルシースナック」戦略

●この記事のポイント
・「キリ」で知られるベルグループのCEOが初めて来日し、インタビューに答えた。
・ベル社は、日本のチーズ市場はまだ成長の余地が大きいとみている。
・持続可能な「食」の未来を見据え、社会への働きかけも行う。
フランスを拠点とするベルグループは、ポーションタイプのチーズを中心に、「ヘルシースナック」市場で独自の存在感を示している。日本では「キリ」ブランドが圧倒的な認知度と支持を誇る。今回は、同社CEOのセシル・ベリオ氏に、今後の日本市場における成長戦略、AI/DX技術の活用、そしてジェンダー平等を含む社会変革への取り組みについて話を聞いた。
目次
- 歴史が育む長期視点と独自技術
- 世界が求める「ヘルシースナック」という市場機会
- 日本市場:強いブランド力と次なる成長の可能性
- 社会変革への貢献:多様性と女性のエンパワーメント
- AI/DXが導く持続可能な「食」の未来
- 「次の世代のために」──ベル社の一貫したビジョン
歴史が育む長期視点と独自技術
「ベル社は、160年という非常に長い歴史を持つ家族経営の企業です。現在の会長は5代目にあたり、経営陣は自らを“チェーンの一員”と捉え、“常に次の世代のために働く”という価値観を共有しています」
そう語るセシル氏によれば、この長期的な視点が同社の事業や戦略の根幹にあるという。創業以来、ベル社は「乳製品の良質さ」と「マイクロメカニクスによる製造技術」を強みとしてきた。特にミニサイズのチーズ製品やキューブ型などのユニークな形状は、自社エンジニアが開発した機械によって生み出されており、「例えばチーズキューブは1秒間に12個も製造できるほどのスピードです」と笑顔で語る。
世界が求める「ヘルシースナック」という市場機会
近年、世界的に「ヘルシースナック」市場が急成長している。その背景には、外出先やオフィス、ジムなどで手軽に食べられる利便性、そして健康意識の高まりがある。
「ベル社の製品は、少ないカロリーで自然なタンパク質やカルシウムを効率よく摂取できる点が評価されています。これは、消費者の健康志向に応える製品として、我々が世界市場で成長を遂げている大きな理由の一つです」
日本市場:強いブランド力と次なる成長の可能性
ベル社が日本市場に進出してから約40年。なかでも「キリ」ブランドは、日本において圧倒的な認知度と信頼を築いている。
「日本の女性消費者とキリとの結びつきは非常に強いと感じています。日本では、健康や体重管理を意識しながらも、食事によって癒しを求める文化があります。チーズはそのニーズにぴったりな食品です」と、セシル氏は指摘する。
日本の一人当たりチーズ消費量は、フランスの約10分の1。市場としてはまだ成長余地が大きく、今後はシニア層へのアプローチや、新たな食習慣の提案によって、さらに広がる可能性を秘めている。
「例えば“キリと日本の漬物を合わせる”といった新しい提案も行っています。新しい習慣が浸透するには時間がかかりますが、私たちは忍耐強く、日本市場と向き合っていきます」
社会変革への貢献:多様性と女性のエンパワーメント
CEOとして、また母親としての自身の経験を通じて、セシル氏は「リーダーシップの固定観念を変えたい」と語る。フランスにおいても、主要企業の女性CEOはわずか10%。ベル社にとって多様性、公平性、そして包括性(DEI)は重要な企業理念の一つだ。
「日本では労働力に占める女性の割合が44%に対し、管理職以上に女性が占める割合は8.4%にとどまっています。この現実に対し、私たちは残念に思うと同時に、変化のための支援を行っています。NPO支援やW2W(Women to Women)メンターシップ制度、柔軟な勤務制度などを通じて、出産や育児によってキャリアをあきらめることのない社会を支援したいと考えています」
AI/DXが導く持続可能な「食」の未来
ベル社は、サステナビリティとイノベーションを企業の中核に据えており、AIの可能性を積極的に活用している。2050年には世界人口が100億人に達するとされるなか、現状のフードシステムでは持続的な供給が難しいという危機意識から、変革を推進している。
ベル社はダッソー・システムズおよびアクセンチュアと戦略的パートナーシップを締結し、食品分野における先駆的な「バーチャルツイン技術」の導入を進めている。これにより、たとえば「キリ」の新しいレシピ開発プロセスが、従来の手作業からより迅速かつ精緻な工程に進化しているという。
「家畜の環境負荷を低減するタンパク源の開発や、よりヘルシーな食品の創出、野菜・果物摂取の促進など、食に関わる大きな課題の解決にAI技術が貢献してくれると信じています。私たちの目標は、ベル社の製品が2050年の世界の“食”を支える解決策の一部となることです」
「次の世代のために」──ベル社の一貫したビジョン
セシル・ベリオ氏の語るビジョンには、160年続くベル社の哲学が色濃く反映されていた。「次の世代のために」という理念を胸に、ベル社は日本市場での成長を着実に進めながら、AIや多様性といった現代的なテーマにも真正面から取り組んでいる。
グローバル企業でありながら地域や人々と丁寧に向き合うその姿勢は、これからの食の未来、そして社会そのものの在り方を見つめ直すヒントを与えてくれる。
(構成=渡辺雅史/ライター)