業界関係者は津賀社長の口から突如出てきた10兆円計画について「約2年間に及ぶ構造改革で黒字転換を果たした今、事業ベースでの再成長が急務になってきたからだ」と指摘、次のように説明する。
14年3月期の連結決算は売上高7兆7365億円、営業利益3051億円、最終利益1204億円で、津賀社長は自らの手で3期ぶりに黒字回復を果たした。それは売り上げ規模より利益追求に重きを置き、赤字事業を次々と整理してきた成果といえる。49の事業部でスタートした中期計画の1年目にして、光ピックアップやプラズマパネルなど6事業からの撤退を決め、ヘルスケアなど事業売却も進めてきた。
前期比約4000億円の増収に見える売上高は円安効果によるもので、この為替要因を除けば、実際は前期比約4%の減収になっている。つまりl事業規模は構造改革で縮小している。営業利益の増益分約1400億円も子細に見ると、売上高減少による利益低下を固定費圧縮の約1000億円(リストラ分400億円を含む)と、役員報酬や給与の削減など約500億円のリストラで補い、営業利益を押し上げた構図になっている。
その結果、津賀社長が評価する構造改革の成果は14年3月期に使い果たしてしまった。それは15年3月期の通期予想について、売上高7兆7500億円(前期比横ばい)、営業利益3100億円(同2%増)、最終利益1400億円(同16%増)の「実質現状維持」としか示せなかった事実からもうかがえる。
そこで「リストラ頼みではない津賀改革」を投資家に示すため、構造改革後の成長戦略が必要になってきた。「そのために打ち出したのが10兆円計画だ」(業界関係者)という。
●「パナソニック化」で失った「松下の嗅覚」
では10兆円計画の成算は、どの程度あるのだろうか。
電機業界担当の証券アナリストは「達成にはM&Aなど大型投資が欠かせない」と指摘する。構造改革のネタを使い果たした今、なんらかの大型投資をしないと、あと3~4年で4兆円もの売り上げ積み増しは無理との見方だ。これについては、津賀社長も「売上高を伸ばすためには、従来と異なる非連続な成長が必要。売り上げ拡大に的を絞った施策も今後は積極的に行いたい」と、14年3月期決算発表時の記者会見で述べており、すでに腹案がある様子だ。
また、機関投資家は、住宅・車載以外の法人向け事業やBtoBソリューションで4兆円の売り上げ積み増しを図ろうとの計画に対し「この分野は電機、住宅など関連業界各社も売り上げ拡大を狙ってしのぎを削っている激戦区。法人向け事業は顧客の値下げ圧力も強く、営業利益率は低い。経営陣が主体的に取り組めるリストラとはわけが違う」と、強い懸念を示している。
一方、業界関係者は「営業力が衰えた今のパナソニックに、10兆円計画は絵に描いた餅」と次のように説明する。
パナソニックに社名変更前のかつての松下電器は、技術力や商品力もさることながら、それを駆使して儲ける嗅覚に優れていた。換言すれば「松下の強さとは営業力」にほかならなかった。その会社が巨大化し、組織が官僚化するにつれ、営業が市場調査データなどに頼る「マーケティング営業」になり、「どうすれば儲かるかの嗅覚」を失っていった。この嗅覚喪失が「聖域なき構造改革」に取り組んだ「中村改革」失敗の根本的原因だった。同関係者は「津賀さんは資質のあるトップなので、ぜひ『幹再生の処方箋』を描いてほしい」と注文を付けている。
このまま10兆円計画を遮二無二推し進めるのか、営業力再生で新しい成長を目指すのか、津賀改革の今後に、市場関係者の関心がかつてなく高まっているようだ。
(文=福井晋/フリーライター)