「ヤン坊マー坊、天気予報!」
30~40代以上の方々には馴染みのあるフレーズだろう。1959年以来、テレビで放送されていた歴史ある天気予報だ。放送開始から50年以上の歴史を誇るが、2014年3月31日、静かにその歴史に幕を閉じた。CMは、とりわけ田植機・コンバイン・トラクターなどの稲作用農業機械の紹介が多かった。CMとは、ターゲット顧客に自社の製品・サービスを訴求する場である。スポンサーのヤンマーは、同番組を通じて農業従事者に自社の製品・サービスを訴求したかったのだと推察できる。確かに農業従事者にとって、明日の天気は農業という事業を行う上で重要な事業要素であり関心事項である。だから、ヤンマーの提供コンテンツ、ターゲット顧客、CM機会には整合性があったといえる。
しかし、時代は変わり、即時性を求められる天気予報はインターネットで容易に取得できるようになり、わざわざテレビの前に鎮座して同番組を観る必要性は薄れてきた。また、農業従事者は年々減少し、ターゲット顧客も減少してきている。そして、ヤンマー社内でも海外展開を進める中、ヤン坊マー坊のイメージが企業ブランドにそぐわないという意見も出てきたらしい。その結果、14年をもって同番組はその歴史を閉じたわけだ。
翻って、ヤンマーは、佐藤可士和氏、奥山清行氏、滝沢直己氏という3人の著名な外部デザイナーの力を借りて、庶民的なイメージの強かった同社を「エルメスのような会社」にしようと画策。フェラーリを彷彿とさせる深紅のトラクターのコンセプトモデル(図表1)や、若者受けしそうな先鋭的なデザインの農作業着などを生み出している(8月25日付日本経済新聞)。
この改革は成功するだろうか? 厳しい見方になるかもしれないが、筆者はマリンスポーツ向け事業では成功し、残りの大半の事業では失敗すると考えている。では、なぜ成功と失敗の両極端の結果を予想するのか、説明していこう。
●ターゲット顧客が求めていないものを提供
ヤンマーは、主にディーゼルエンジンを得意とする企業で、汎用を含む産業用・農業機械用・小型漁船用等のエンジンを製作している。農業、建設、漁業、マリンスポーツ向けにエンジンと機械を提供しており、海外売り上げが右肩上がりであり、堅調に売り上げを維持している優良企業だ。しかし、事業のポートフォリオを見ればわかるとおり、マリンスポーツ以外は、BtoB(企業から企業)向け事業である。
BtoC(企業から個人)向け事業の場合、格好良さ、お洒落というのは購買意思決定要因として重要な要因の一つとなる。バッグを購入するときに、ブランドのロゴマークは重要だし、クルマを買う時には格好良いデザインは重要である。
しかし、BtoBでは、格好良さやお洒落というのは、BtoCと比較すると相対的に重要ではない。造船事業を営む企業が求めるのは、お洒落な船舶用エンジンではなく、耐久性があり高機能な船舶用エンジンである。工作用機械メーカーも同様だ。だから、あくまでも前出日経新聞記事をベースとする見解となるが、「フェラーリを彷彿とさせる深紅のトラクター」は、ターゲット顧客が求めていないものを提供することになる。顧客が求めていないものを提供しても、それは顧客から支持されない。だから筆者は、これらの事業群に対し「エルメスのような会社」であることを提供価値としても、受け入れてもらえないと考えている。