中小企業同士のM&A、なぜ急増?深刻化する後継者不足、誤ると業績停滞のリスクも
●買収企業のメリットは「成長」と「高い技術」
一方、買収する側の企業のメリットは、大きく2つに分けられる。
1つは、M&Aの長所としてよく挙げられる「成長を買う」ことだ。日本M&Aセンターが仲介した案件では、こんな事例がある。
九州・沖縄地区でビジネスホテルを展開するA社が、同社のホテル事業を切り離して売却し、そこで得た資金を主力事業に注力することを決断した。これに対し、主に関東地区でビジネスホテルを経営しているB社が名乗りを上げ、A社とB社は条件面で合意。B社にとっては、それまで弱かった九州・沖縄地区での事業拡大につながったという。
もう1つは「自社にはない高い技術を取得する」ことにある。
例えば、居酒屋チェーンを展開するC社が、日本酒メーカー・D社の全株を取得した事例がそれに当たる。創業数百年の老舗酒造であるD社は、それまで経営していた夫婦が60代後半となった。2人の息子は医師となっており、従業員の中にも後継者候補がいなかったため、C社への事業譲渡を検討し、両社の間で交渉が始まった。C社の社長がD社の日本酒を試飲したところ、その味を大変気に入り、D社を自社傘下に置くことを決断し、のれんと従業員も引き継いだ。今では、その日本酒はC社各店の名物メニューになっている。
●友好的M&Aは結婚に似ている
一方で、買収後の人間関係で苦労するケースもある。
首都圏の製造業・E社は、先代社長(現会長)が数年の間に得意先であるF社とJ社の各社長から、「事業と従業員を引き継いでほしい」と頼まれ、検討した末に買収して合併することにした。実際に合併すると、スケールメリットや技術の広がりもあり、業績は伸びていったが、しばらくして拠点が3カ所に分散していることで物流面の非効率性が目立つようになり、1カ所にまとめるべく新本社を建設した。
しかし、この頃からすきま風が吹くようになった。同じ社屋に集まった従業員が旧会社ごとにグループ化して、仕事や処遇への不平不満が噴出し、業績も停滞し始めた。
そこで新たにE社の社長に就任した先代社長の息子が旧会社の各リーダーに呼びかけ、議論をし続けた、例えば同じ方向を向くために「何の目的で働くのか」「会社は何のためにあるのか」の視点で話し合い、新たな企業理念を一緒に策定した。さらに従業員からの発案で、朝礼における理念の唱和や、現場リーダーへの権限委譲なども進めた。その結果、ようやく全社一丸の姿勢が芽生えて不協和音も収まり、業績は再び拡大したという。
日本M&Aセンターは、「M&Aは結婚に似ており、我々は仲人のような存在」と話す。理想は掲げながらも完璧を求めずに、細かい点は歩み寄る姿勢も大切だからだ。確かに、違う環境で育ってきた双方がWin-Winの関係を築くには、どの部分に目をつぶるかの視点が必要だろう。
同社が仲介する場合は、譲渡される企業を評価するために500項目以上の洗い出しをするという。先方企業には「簿外債務や土壌汚染など、悪い話があれば最初に言ってほしい」とお願いすることから始める。さらに決算書は過去3~5年分を取得し、簿価を時価に換算して企業価値を算出するそうだ。
利害関係がクローズアップされることも多いM&Aだが、中小企業の技術と従業員の雇用を生かす手段としても有効だ。とはいえ、会社を構成するのは一人ひとりの従業員であり、協調して事業を進めていくためには、十分に腹を割って話し合う姿勢が会社側には求められる。
(文=高井尚之/経済ジャーナリスト)