昨年11月の決算発表の席上で、鈴木純社長は「従来型事業からの脱却が遅れ、近年の競争に対応できなかった」と反省したが、会場内の株主から「そんなことは初めからわかっていた」と野次が飛んだ。
化学業界の関係者は「帝人経営陣の認識が甘いのは、伝統的な川上重視意識が背景にあるからだ」と指摘する。
例えば、繊維事業であれば「糸売り」を重視し、装置産業特有の「工場稼働率優先の経営」に終始する。川上にいるので、川下にいる消費者のニーズが見えない。ファーストリテイリングとの提携で川中に進出し、「ヒートテック」の共同開発などで繊維事業を再拡大している東レとは対照的だ。
経営計画は希望的観測の数値目標ありき
同社が12年2月に発表した中長期経営ビジョン「CHANGE for 2016」は、16年度目標に売上高1.3兆円、営業利益1000億円、最終利益600億円を掲げる意欲的な内容だった。
だが15年3月期の売上高は7800億円、営業利益は320億円、最終損益は赤字の見通しだ。中長期経営ビジョンの目標には遠く及ばないわけだが、そもそも同ビジョンの発表時に、すでに業界内からは「風呂敷を広げすぎだ」と失笑が漏れていた。
そこで、同社は同ビジョン策定後の経営環境の変化を踏まえ、昨年11月に16年度の経営目標を再設定した「修正中期計画」を発表した。同計画で同社は、16年度の目標を売上高8000億円、営業利益500億円、最終利益250億円へと下方修正した。そして「課題事業に対する抜本的改革の断行」と「『複合化』と『融合』による『ソリューション提供』の実現に向けた重点資源投入」という成長戦略を掲げている。
しかし、目標を大幅に下方修正した「修正中計」ですら、大半の投資家や証券アナリストが「計画達成は、ほぼ不可能」と、冷ややかに見ている。
前出の証券アナリストは「修正計画をかき集めて社内調整したような内容だ」と、あきれる。それはなぜかというと、抜本的改革の断行をうたいながら、実際に決めたのはシンガポール工場と徳山事業所の閉鎖だけであり、業績回復の見込みがないアメリカの在宅医療事業やフィルム事業は収益改善目標を示しただけで、それをどう達成するかという具体策は不明だからだ。
つまり「ちょっと業績が改善したらリストラを中止し、業績が悪化したら慌ててリストラを再開する。これでは、従来のやり方と変わらず、リストラが永遠に終わらない」(前出の証券アナリスト)というわけだ。
また「『複合化』と『融合』による『ソリューション提供』」の成長戦略も、「項目とコンセプトを書き並べただけで、成長の根拠を何も示していない泥縄のような政策だ」と、前出の証券アナリストはため息をつく。同社の関係者ですら「数字先行で立てた計画であることは否めない」と打ち明ける始末だ。
リストラは中途半端で、成長戦略の道筋も不明確。さらに、成長エンジンとなる新事業創出は暗中模索で、経営計画の数値目標は単なる願望……。それが同社の低迷の原因であり、実情といえる。事実上、進退窮まった大八木成男前社長から名門復活を託された鈴木社長は、同社最年少となる55歳でトップに抜擢されたが、その責務はかなり重そうだ。
(文=田沢良彦/経済ジャーナリスト)