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松江哲明の経済ドキュメンタリー・サブカル・ウォッチ!【第42夜】

冷凍や外国産は出さない、3分の1は捨てる…最高の味にこだわる超頑固な焼肉屋の苦悩

冷凍や外国産は出さない、3分の1は捨てる…最高の味にこだわる超頑固な焼肉屋の苦悩の画像1『ザ・ノンフィクション』公式サイト(「フジテレビ HP」より)
 ドキュメンタリー番組を日々ウォッチし続けている映画監督・松江哲明氏が、ドキュメンタリー作家の視点で“裏読み”レビューします。

【今回の番組】
 11月3日放送『ザ・ノンフィクション~焼肉ドタンバ物語・追悼編』(フジテレビ系)

 番組を見終えて、近所の焼肉屋へ走った。番組内での肉のさばき方とタレのうま味が伝わってきて仕方なかったから。

 『焼肉ドタンバ物語』は、数年前に放送された際に見ていたが、今回は「追悼編」とサブタイトルが加えられている。焼肉屋主人の大倉鉄中さんが、今年の7月に亡くなったからだ。今回は以前放送した内容に加え、新撮された現在のドキュメントが記録されている。

 この『ザ・ノンフィクション』、鉄中さんの顔がいいのだ。当てにしていた肉が買えなかった時は口をゆがめ、声を出さずとも胸中を語る。女将でもある妻・久子さんとケンカをした時は、なんともバツの悪そうな表情をしているのだが、この時も無言。それでも彼の居心地の悪さは十分に伝わってくる。人生が皺に刻まれているとでも表現したくなる。そう、まさに男の顔は履歴書。彼は在日韓国人2世だが、韓国の名優チェ・ミンシクやソン・ガンホ、ソル・ギョングと並べたくなる濃厚なイケメンだ。

寡黙で頑固な職人気質

 大阪・鶴橋の人気店「焼肉 大倉」は、とにかく味にこだわる。鉄中さんは「自分で食べれんものをお客さんに出すことはない」と語る、まさに頑固な職人。買い付けた肉は、ほかの店なら出すような脂も丁寧に切り落とし、約3分の1は捨ててしまう。また「冷凍や外国産も混ぜて儲けに走ったらどうだ」と言われても、断固として受け入れない。「その代わり客を泣かすことになる」と考える彼は、信念を曲げない。女将は「私は客の顔を毎日見ている」と非難する。「客の反応がわからないから、ああやって頑固に言える」と。鉄中さんは利益を度外視したどんぶり勘定だ。そして客席から遮断された2階の厨房で、黙々と肉をさばくのみ。そんな父の姿を、三男はじっと見つめる。

 二男は道頓堀のフードパークに2号店を出店している。だが、父親の意図をくんだ商売では、周囲から浮いてしまって肩身が狭い。1年で最も繁盛する年始でも、肉が仕入れられないため、開店自体が不可能なのだ。冷凍肉さえ使えればいいのだが、父がそれを許さない。息子を助けたい母が肩を持つが、実際に2人で冷凍肉を食べてみると、とても大倉の看板で出せる代物ではなかった。父とフードパークとで板挟みになり、何晩も悩み思いついたのが、海老を使ったファミリーメニュー。焼肉といえども肉だけが商品ではない。正月特製のメニューは好評で、珍しく満席となった。そんな様子を父が見学に来るが、店の外からちらちら覗いたり、しゃがんだり。「入ったら、いらんこと言いたくなる」と苦笑いをしつつ、また覗く姿が素敵だ。

家族の絆

 久子さんは、そんな彼に惚れたのだろうか。出会った頃は、ホストをしていて相当にだらしなかったことは映し出された写真からも想像できる。だが、何よりつらかったのは、34歳で乳がんがわかった時のこと。「子どもたちを残して死ぬことが耐えられなかった」と久子さんは当時の心境を振り返る。闘病生活を支えたのは4人の子どもと鉄中さんだった。借金とがんを経て家族の絆も強くなり、生きることに覚悟を持った人は、強い。

 女将は、仕入れがうまくいかなかった時は、お客さんに「ごめんねー」と機先を制した上で別メニューを薦める。お客さんのさばき方も一流だ。時には「アベックで来て、焦がしてるのを見たらムカッとくる」と怒る。「この肉を確保するのに、主人ははいずり回っているから」とも語るのだが、鉄中さんの想いを誰よりも知っている証拠だ。対して夫は「嫁さんの大きな笑い声が聞こえると、お客さんとうまくやってるなとわかるね」と、ちゃんと妻の姿を見ている。それぞれカメラが記録した当事者のいないインタビューだが、見事な「会話」だと思った。

 鉄中さんが亡くなり、店は三男が継いでいる。頑固さは、見事なまでに父譲りだ。父は冷や汗をかき、抗がん剤の痛みに耐えながら彼に店のことを教えた。肉が思うように手に入らない時に考案した「てっちゃん鍋」というメニューがある。だが、鉄中さんには、そのタレを教える時間はなかった。調味料は父が目分量で決めていた。三男は、どうしてもあのタレが再現できない。しかし「僕がこだわらないと、お客さんに失礼」と語る。父の味に近いものと、自分で決めたものを母に試してもらうと、「お父さんはザ・韓国の味。お母さんは日本人の血が入っているから、こっちのほうが合う」と、日本人と韓国人のハーフである久子さんは三男の味を推す。だが、どうにも納得してない様子。常連さんに出すと、皆「おいしい」と口にするが、彼は試行錯誤を繰り返すだろう。それが鉄中さんの生き方でもあったからだ。

 現在、店の前には「自分で食べれんものをお客さんに出すことはない!」という鉄中さんの遺言が看板として飾られている。
(文=松江哲明/映画監督)

BusinessJournal編集部

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