日本、スクリューフレーション深刻化…低所得者層と富裕層の実質所得格差が拡大

(出所)総務省より第一生命経済研究所作成

はじめに

 近年の日本経済は、中産階級の貧困化(Screwing)とインフレが重なったスクリューフレーション(Screwflation)の脅威に晒されており、特にロシアのウクライナ侵攻以降にスクリューフレーションが深刻化している。そこで本稿では、所得階層別の消費者物価(Consumer Price Index、以下CPI)や費目別CPIの動向、所得階層別の消費構造から、特に昨年の日本のスクリューフレーションの状況について分析してみたい。

原因は消費の4割以上を占める生活必需品の価格上昇

 まず、CPIを生活必需品(食料、持家の帰属家賃を除く家賃、光熱水道、被服履物、交通、保健医療)と贅沢品(生活必需品以外)に分類し、その動向を比較してみると、2022年以降は生活必需品の価格が急上昇していることがわかる。

 このように、日本でも生活必需品の価格が急上昇した背景としては、ロシアのウクライナ侵攻をきっかけに、食料・エネルギーをはじめとした輸入品の価格が高騰したことがある。

 ここで重要なのは、生活必需品と贅沢品での物価の二極化が、生活格差の拡大をもたらすことである。生活必需品といえば、低所得であるほど消費支出に占める比重が高く、高所得であるほど比重が低くなる傾向があるためだ。事実、総務省「家計調査」によれば、消費支出に占める生活必需品の割合は、年収1500万円以上の世帯が43%程度なのに対して、年収 200 万円未満の世帯では 58%程度である。従って、全体の物価が下がる中で生活必需品の価格が上昇すると、特に低所得者層を中心に購入価格上昇を通じて負担感が高まり、購買力を抑えることになる。そして、低所得者層の実質購買力が一段と低下し、富裕層との間の実質所得格差は一段と拡大する。

より実感に近いのは年収階層別の消費者物価

 以上より、消費者物価の実感は、消費全体で測る場合と、所得階層別の消費行動で分けて測る場合で結果も変わってくる可能性が高い。

 総務省で作成している消費者物価指数は、消費者全体の消費構造に着目し、品目毎の価格動向を統合することによって計測される。つまり、家計調査によって得られた基準年における月平均の世帯当たり品目別消費支出金額のウェイトを用いて作成することによって、一国全体の物価動向を判断している。

 しかし、実際に消費者が実感する物価は、消費者それぞれが購入する財やサービスの構成比によって異なる。従って、少なくとも所得階層別における消費の構成比の違いに着目し、それぞれの消費者物価を見れば、より人々の実感に近い消費者物価指数になる。特に、同じ所得階層の中での消費構造に大差がないと仮定すれば、所得階層別の消費者物価は、所得階層別の消費構造から計測されるウェイトに依存する。つまり、価格が上昇している財やサービスを多く購入している階層の消費者であれば、その人にとっての消費者物価はより上昇しているかもしれない。

 このように、消費構造の違いをもとに所得階層別の消費者物価を見ることは意味があるといえる。そこで、実際に所得階層別の消費構造に着目したCPIを確認してみた。下のグラフは、高所得者層の消費者物価として年収階層上位 20%世帯のCPIと、低所得者層の消費者物価として年収階層下位 20%世帯のCPIを時系列で比較したものである。現局面のCPIを両極端な二つの階層で比較すると、低所得者層のCPIは高所得者CPIより22年以降の上昇幅が大きくなっていることが分かる。

 以上より、生活必需品の価格が相対的に上昇局面にある場合は、消費者全体のCPIの動きのみで物価を判断すると、低所得者層の消費者が感じる負担感を過小評価してしまうことになるといえよう。そしてこの結果は、特にロシアのウクライナ侵攻以降の我が国でスクリューフレーションがより深刻化していることを示している。

地域格差ももたらす物価の二極化

 実質的な所得格差には、名目所得の格差に加えて物価変動による影響の格差も反映されるため、こうした物価変動も家計の実質期待所得の増減を通じて個人消費にも影響を及ぼす。このため、所得階層間による物価変動の格差は先行きの所得格差を見通す上でも非常に重要になってこよう。そして、高所得者層と低所得者層の生活格差が拡大する我が国のスクリューフレーションの背景には、所得階層の違いによって購入価格の変化が異なることも影響しているといえる。特に、所得の伸びが低い低所得者層では、一方で購入する生活必需品の価格が上がりやすいことに伴い購買力が損なわれている。

 また、物価の二極化は、地域格差も広げる可能性がある。公共交通網の目が粗い地方では自動車で移動することが多く、家計に占めるガソリン代の比率も都市部に比べて高い。また、冬場の気温が低い地域では、暖房のために多くの燃料を使う必要があり、こうした地域にとって灯油代の高騰は大打撃だ。電力料金やガス料金も燃料市況に連動するため、原油やガスが上がれば光熱費も増える。

 特に、電気は生活必需品である一方で、一般的に低所得者層のほうが高所得者層に比べて消費性向(所得に占める支出の割合)が高い。このため、相対的に低所得者層に対する負担が高まるという問題がある。従って、ロシアのウクライナ侵攻以降に深刻化した我が国のスクリューフレーションは実質所得の格差を更に拡大させる可能性を示唆しており、今後も食料やエネルギー価格の値上げを通して格差拡大が生じる危険性も考えられよう。

物価・賃金の好循環には実質消費の拡大が不可欠

 そもそも、我が国において生活必需品の価格が大きく上昇してきたのに対し、それ以外の物価は落ち着いてきたことの一因に賃金の低迷がある。ロシアのウクライナ侵攻に伴う化石燃料や農産物等の資源高が生活必需品の価格を押し上げる一方で、企業収益の圧迫を通じて賃金の上昇を抑制してきたためである。特に年明け以降のサービス価格のインフレ率低下は、国内の賃金伸び悩みが影響している可能性がある。そして、こうした食料やエネルギーといった海外依存度の高い輸入品の価格上昇で説明できる物価上昇は「悪い物価上昇」といえる。

 物価上昇には「良い物価上昇」と「悪い物価上昇」がある。「良い物価上昇」とは、国内需要の拡大によって物価が上昇し、これが企業収益の増加を通じて賃金の上昇をもたらし、更に国内需要が拡大するという好循環を生み出す。しかし、特にロシアのウクライナ侵攻以降の物価上昇は輸出入物価の高騰を原因とした値上げによりもたらされてきた。そして、国内需要の拡大を伴わない物価上昇により、家計は節約を通じて国内需要を一段と委縮させている。その結果、景気が低迷しているのであれば、「悪い物価上昇」以外の何物でもない。

 特に、ロシアのウクライナ侵攻継続により世界経済の低迷が危惧される状況下、今後とも食料・エネルギーに関しては価格の高止まりが継続する可能性が高い。これに対し、日銀は中長期的な物価安定について「消費者物価が安定して前年より+2%程度プラスになる」と定義している。しかし、コストプッシュにより消費者物価の前年比が+2%を上回っていても、それは安定した上昇とは言えず、『良い物価上昇』の好循環は描けない。

 従って、本当の意味での物価と賃金の好循環には、実質個人消費の持続的な拡大が必要となる。そしてそうなるには、実質賃金の持続的な上昇により家計の実質的な購買力が強まる『良い物価上昇』がもたらされることが不可欠といえよう。

(文=永濱利廣/第一生命経済研究所経済調査部首席エコノミスト)

永濱利廣/第一生命経済研究所経済調査部首席エコノミスト

1995年早稲田大学理工学部工業経営学科卒。2005年東京大学大学院経済学研究科修士課程修了。1995年第一生命保険入社。98年日本経済研究センター出向。2000年4月第一生命経済研究所経済調査部。16年4月より現職。総務省消費統計研究会委員、景気循環学会理事、跡見学園女子大学非常勤講師、国際公認投資アナリスト(CIIA)、日本証券アナリスト協会検定会員(CMA)、あしぎん総合研究所客員研究員、あしかが輝き大使、佐野ふるさと特使、NPO法人ふるさとテレビ顧問。
第一生命経済研究所の公式サイトより

Twitter:@zubizac

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