「餃子の王将 HP」より
徐々にファンを増やしていった「ゼロ餃子」
発売当初、ネットの評判は散々だった餃子の王将の「にんにくゼロ餃子」ですが、実はその後、徐々にではありますが状況は変化していきます。私は自分がこのゼロ餃子を食べるたびに、律儀にその評判をネット検索していました。そこでは相変わらず「物足りない」などのネガティブな評価が基調でしたが、時を追うごとにそこに肯定的な意見が目立って混ざるようになってきたのです。
「むしろこっちのほうが好き」
「臭いを気にして食べてるんじゃなくて、おいしいから食べてるんだ」
「すっかりハマって王将に通っている」
など、熱烈といってもいいファンの増加です。微力ながら私も自身のツイッターで何度となくゼロ餃子の素晴らしさをアピールしました。ツイッターというのはそもそも価値観や好みの近い人々がつながるSNSです。私の場合ももちろん例外ではなく、フォロワーさんは食に対して人一倍興味が強く、また私とおそらく好みが近いであろう方々、そして(やや一癖あるタイプの)プロの料理人の方々が大勢いらっしゃいます。そういう人たちが次々にゼロ餃子にハマっていきました。
なかでも、今もっとも注目を集めている中国料理店の一つ「南方中華料理 南三」の水岡孝和シェフが「私ももっぱらゼロ餃子しか食べません」とおっしゃっていたのは実に心強く、我が意を得たりの思いを強くしました。
グランドメニュー昇格、その名は「生姜餃子」
そんななか、2019年ついにこのゼロ餃子はグランドメニューに昇格し、それに伴い、味もブラッシュアップされました。味に関しては正直さほど大きく変化したとは思えません。むしろ大事なのはこの時点で正式名称が変わった、という点です。新しい名称はその名もずばり「生姜餃子」。正確には「にんにくゼロ生姜餃子」なのですが、メニューブック上では「にんにくゼロ」の部分は小さいフォントになっており、あくまで「生姜餃子」の文字が従来の「焼き餃子」と並んで二枚看板のようにトップページでその存在感を輝かせています。
これは、デビュー時においては「にんにく入りの餃子が食べられない時の代用品」という扱いだったものが、「生姜の風味を生かした新・定番商品」という位置付けに変わったという事を意味します。いうなればアイデンティティの確立、「大出世」です。
余談ですが私はツイッターでこのゼロ餃子、もとい生姜餃子に言及するにあたって卓上の餃子のタレではなく「酢コショウ」、すなわち、醤油は入れずに酢と胡椒だけで食べることを推奨していましたが、王将の店舗のメニューでもこれと同じことが推奨されていました。これまた「我が意を得たり」です。
そしてここにきて、生姜餃子に対するネットでの評価は、いつのまにかポジティブなものが完全に逆転、むしろネガティブな評価を探すほうが困難なほどです。「俺はあくまで生姜餃子の味が好きだから『生姜餃子』とオーダーしているのに、店員が『にんにくゼロですね』と復唱するのが許せない」なんていう愛が強すぎる投稿もあって、失礼ながら大笑いさせていただきました。
「生姜餃子」は現代のミラクルストーリー
この現象、商品が時間をかけてゆっくりとファンを育てていったというだけでなく、王将自らがリニューアルと名称変更によって「これはもはや単なる代用品ではない」ということを力強く宣言したという点が最大のポイントだと思います。開発陣の喜びいかばかりかと思うと、感動的ですらある立身出世物語です。
これはあくまで想像ですが、当初開発陣に与えられたミッションは、「にんにくを入れずに最良の代用品をつくれ」というものだったのではないでしょうか。開発陣はその要望に対して、ある意味オーバースペックともいえる素晴らしい商品を提示しました。そしてそれは時間はかかりましたが、徐々に想定以上の支持を獲得し、ついには従来の焼き餃子と並ぶ二大看板商品の一つとして全社を挙げてプッシュする商品に格上げされ、それがさらにファンの幅を広げる結果にもつながった、というストーリー。
最初のミッションが最終的にこの段階に至る可能性を多少は想定していたのか? それは私にもわかりませんが、想定していたとしたら、それは凄まじいまでに卓越した「読み」ですし、そうではなくて一部の顧客の深く静かな支持を敏感にとらえての柔軟な方針転換だったとしても、それもまた実に優れたマーケティングだと思います。
いずれにせよ、何かと後ろ向きなニュースの多い昨今の飲食業界において類い稀な、実に痛快なサクセスストーリーであることは間違いありません。
(文=稲田俊輔/飲食店プロデューサー、料理人、ナチュラルボーン食いしん坊)