雨上がり決死隊・蛍原徹の元相方で、現在はピンでノンフィクションスタンダップコメディアンとして活動するコラアゲンはいごうまん。自身が体験したエピソードを舞台で披露する彼が今一番気にしているのが、認知症の母親のこと。認知症と聞くと「大変そう」と思いがちだが、コラアゲンはいごうまんは「そうでもない」と話す。角度を変えることで、母親とのやり取りが漫才のようにおもしろくなったのだそう。
前回は、家族関係や認知症介護の大先輩・酒井章子さんとの出会いや教えについて聞いた。今回は、コラアゲンはいごうまんが実践している認知症の人とのやりとりのコツを聞いてみた。
認知症の介護で使える「記憶のカード」とは
――「相手を否定しないこと」が最良の方法というお話がありましたが、酒井さんからの教えで、他にも有効だと思ったものはありますか?
コラアゲンはいごうまん(以下、コラアゲン) それは、「記憶のカード」ですね。認知症は進行を遅らせることはできても、治すことはできません。しかし、まだらになっている記憶の中で、どうしても忘れられないものがあります。それを思い出すことで、わずかな時間ですが、認知症になる前のしっかりしていた頃を取り戻すことができるそうです。それが「記憶のカード」です。うちのオカンの場合は「コラアゲンはいごうまんの母」というカードでした。
うちのオカンは、介護施設の職員さんたちに「うちの息子は芸人や。コラアゲンはいごうまんという名前や」ということをよく話していたそうです。それがきっかけで、母がお世話になっている施設でライブをすることになりました。終わったときに僕のところに来て「これ(ライブ)を開いてくれた人は誰や? あいさつせな」と言うんです。本当に驚きました。僕が「施設の事務所の人やで」と言うと、「今日はお世話になりました」とお礼を伝えに行ったんです。
――すごくステキなカードですね。他には、どんなカードがありましたか?
コラアゲン 北海道日本ハムファイターズの「清宮幸太郎選手のファン」というカードもありました。そこで、なんとしても清宮選手のサインをプレゼントしたいと思い、いろいろコネを使って、やっとの思いでオカンの名前入りのサイン色紙を手に入れました。ここ1~2年はまともな会話も難しいほど認知症が進んでいたんですが、これをプレゼントしたときに、「(サイン)書いてもらうの、大変やったんちゃう?」と、少しですが、久しぶりにまともな会話のキャッチボールができたんです。
記憶のカードは他にも何枚かあるんですが、認知症になってから探し始めたので、見つけるのが本当に大変でしたね。なので、認知症になる前に、もっといろんな話をして、好きな食べ物や芸能人、仲の良かった友人のことなど、たくさんリサーチしておけばよかったな、と後悔しています。
また、注意したいのが、記憶のカードは必ずしもいい思い出ばかりじゃないということです。好きな食べ物や楽しかった思い出がカードになっている人もいれば、悲しかったことや悔しかったことがカードになっている人もいるそうです。そういう場合は、愚痴や悲しい思い出ばかりを話していても、根気よく聞いてあげるのがいいそうです。
ぺこぱの漫才は認知症介護の真骨頂
――コラアゲンはいごうまんさんが独自に見つけた介護の秘訣はありますか?
コラアゲン あります。去年の『M-1グランプリ』の決勝に出ていた、ぺこぱの漫才ですね。あのネタを見たときは「認知症介護の真骨頂だ!」と思いました。相手の言うことを否定しないのはもちろんですが、しっかりそれにノッてあげる。何よりも、自分も相手も楽しくなるようなワードセンスがいい! というのも、それまで僕はオカンの言うことを否定はしなかったんですが、話に乗ることはなかったんです。オカンが間違ったことを言ったら、笑いながら「ちゃうちゃう~!」「それホンマか~?」と言うだけでした。でも、ぺこぱの漫才を見てからはまったく変わりました。
――具体的にどう変わったんですか?
コラアゲン 以前に「僕の名前わかる?」と聞いたとき、「セイキチ」とオカンが自分の弟の名前を答えたんです。それまでなら、「ちゃうよ~」と言っていた所ですが、ぺこぱの漫才を見た後だったので、「セイキチとは違うけど、身内やから発想はいいよね!」とノッてあげました。続けて、「ヒントはオカンの息子や。2人おるやろ。兄? 弟?どっちやと思う?」と聞くと、「兄!」と答えるんです。めげずに「惜しいー! 兄ではないねんけど、そこまで来たらもう誤差の範囲!」と返しました。ぺこぱの漫才のように、相手の会話に楽しそうにノッて返す。そうしたら、自然とオカンとの会話が楽しくなったんです。
他にも、「オカン、今いくつやっけ?」と年齢を聞いたときに「18歳」と返ってきたことがあります。何を言うてるんやと思いながらも、「猫で言うとそうかもしれない!」と答えました。こんなやり取りをする中で、笑顔を見せてくれることもあるんです。それに、ちょっとだけ漫才師気分も味わえるんで、僕としてはオススメですね。
「記憶のカード」のヒントは日常会話の中に
――記憶のカードとぺこぱの漫才は、認知症介護のシーンでとても使えそうですね。
コラアゲン そうですね。僕の場合はオカンと離れて暮らしていて、年に数える程しか会いに行けないので、認知症介護といえるほど立派なものではないですし、今回お伝えしたことはごく一部ですが、多少は「なるほどな!」と思ってくださる方もいると思います。そして、読者の方々には僕と同じ失敗をしてほしくありません。そのためには、来るべき日に備えて、記憶のカードをそろえておきましょう。
まずは、親の好きだったものやよく話している思い出話の洗い出しです。記憶のカードのヒントは、普段の何気ない会話の中に隠れているはずです。伴侶が亡くなっている場合は、誰とも会わないことで鬱になりやすく、そのまま認知症に至るケースも多いと聞きます。だから、親がひとり暮らしをしている場合は、できるだけ実家に帰る機会をつくって、いろいろ話をしてあげてください。
会話を重ねていくと、学生時代や社会人になってからなど、自分の知らない親の姿が浮き彫りになってきます。そこで僕は、オカンの学生時代の友人に会いに行って、その話をオカンにしてあげたり、ビデオレターを見せてあげたりしました。すると、オカンの目が輝いて「○○ちゃんや、全然変わってへんなぁ!」と喜んでもらえたのです。それまで知らなかったオカンの友人とのつながりもできて、認知症はつらいことばかりじゃないな、と思いました。むしろ、オカンが認知症になってくれたおかげで、こういった体験ができたのだと思います。
新型コロナのせいで非日常が日常になってしまい、自分のことだけで精一杯という人も多いと思いますが、そのパワーの何分の1かだけでも、親を知ることに使ってみてください。
――ありがとうございました。
親が認知症になってから後悔しないために、「普段から親と会話をして、記憶のカードをそろえておくように」と、普段の芸風からは想像できないほど真剣に語ってくれたコラアゲンはいごうまんさん。オンライン化が進んで人と会わなくても生活に困らなくなった今だからこそ、彼の言うアナログな行動が重要な意味を持ってくるのかもしれない。家族に限らず、ずっとつながっていたいと思う相手に対しては、こちらからアクセスできる人間でありたいと思った。
(構成=安倍川モチ子/フリーライター)