平均寿命が長くなると、教科書的なこれまでの科学情報にとらわれることなく、新たな視点で健康リスクを高める因子を多面的に評価する必要が出てくる。高齢になるに従い血清コレステロールの高いことが心臓病リスクを高めるという関係は、次第に希釈されてゆくという本連載前回記事の事象はその好例である。今回は血清コレステロールの問題について少し視点を変え、心の健康度との関連について考察したい。
意外だと思われがちだが、血清コレステロールレベルが精神状態(疾患)や性格と関係深いことを示す研究成果が、数多く発表されている。疫学研究の端緒となった、医学誌「ランセット」(Morgan, RE . et al. Lancet 1993;341.75-79)で1993年に発表された研究成果を紹介する。
この研究は血清コレステロールと抑うつ度の関係について分析している。50歳以上の男性約1000名を対象にした横断研究だが、精緻なデータだ。集団全体を総コレステロール160mg/dL未満(低い群)、160~199mg/dL(標準群)、200~240mg/dL(境界群)、241mg/dL以上(高い群)に分け、抑うつ度を比較すると、低い群が他の3つの群に比べかなりの差をもって抑うつ度が高い。
そして、この傾向は50歳代以降、80歳代まですべての年齢階級で認められ、高い年齢階級ほどその差が大きい。抑うつ度に影響を及ぼす年齢、健康状態、身体機能の影響を加味酌量しても、低コレステロール値であることが抑うつ度を高めていることを示している。
「低い群」という表現は、心臓病リスクを意識した原文形容のまま記載したが、心臓病リスクが高いレベルになるに従い抑うつ度が低下するのは、印象的な結果だ。
自殺未遂行為との関係
さらに、つい最近ではうつ病患者を自殺未遂行為の有無別に分け血清コレステロールを比較した研究が発表された(Messaoud A, et al. Annals of General Psychiatry 201716:20. Is low total cholesterol levels associated with suicide attempt in depression patients?)。このデータはうつ病患者のなかでも自殺行動を実際起こした患者は、そうでない患者より血清総コレステロールが低いことを示している。
そして、うつ病患者の自殺リスクを予測するために血清コレステロール測定を提案している。これらの結果は、血清総コレステロールが低値なことは心の健康度を低下させ、その水準値は自殺行動のリスクまで反映しているのかもしれないことを示している。近似した研究結果は多く、どうも血清総コレステロールと抑うつ状態が関係しているのは間違いなさそうだ。特にシニア世代男性では関係が強まるようだ。