韓国では「検査の普及」で甲状腺がんが15倍にも!
もちろん「スクリーニング効果だけで何十倍も罹患率が上がるとは考えにくい」という議論もあるが、2014年に発表された韓国の論文によれば、一般人に甲状腺がんのスクリーニングが導入されたことで、甲状腺がんの罹患率が15倍にもなったという報告がある。
韓国では1999年から、低負担で受けることができる国家的ながん検査プログラムが開始された。すると1993年には10万人当たり4人だった甲状腺がんが、2011年には約60人にまで増えた。
論文ではスクリーニングの受診率が10%上がると、甲状腺がんの罹患率も10万人当たり約40人増えたとしている。理論的には受診率がさらに上がれば、罹患率も15倍よりもっと増える可能性がある。
また別の論文によれば、韓国で増加した甲状腺がんのうち94.4%は2cm未満の小さながんであり、その多くがスクリーニングで発見されたものだったという。
そしてここが重要なのだが、これだけ罹患率が急増したにもかかわらず、韓国での甲状腺がんによる死亡率はほとんど変わらなかった――。
その理由は、甲状腺がんはほかの多くのがんと比べると進行がとても遅く、小さながんなら生涯健康を害しないことも多いからだ。もし進行してしまい、症状が出てから治療をしたとしても、予後は良く、死に至る確率は低い。
甲状腺がん以外の理由で死亡した人を解剖してみると、22%もの人に甲状腺がんが見つかったというデータもある。
研究グループは「韓国で見られる甲状腺がんの急増は、小さい腫瘍の検出の増加によるものであり、過剰診断の結果であることが最も考えやすい」と結論づけている。
がんの「早期発見・早期治療」が無条件に良いことか?
がんの過剰診断とは、いわば「無実のがん」まで見つけてしまうことだ。一般には理解されにくいかもしれないが、そもそもがんの「早期発見・早期治療」が無条件に良いことだとは考えられていない。
ひとつの例が「前立腺がん」におけるPSA(前立腺特異抗原)検査の問題だ――。
前立腺がんは甲状腺がんと同様に進行がとても遅く、早期で発見された腫瘍が進行して死に至るまでには10年以上もかかることが多い。つまり70歳の男性がPSAを受診して早期の前立腺がんが見つかったとしても、80〜90代にならないと生死に関る事態にならない。手術をせずにいても、その前に別の病気で死亡する可能性は十分にあるだろう。
米国予防医学専門委員会(USPSTF)が作成した2012年のガイドラインによると、55~69歳の男性1000人が1~4年ごとにPSA検査を受けた場合、0〜1人が前立腺がんによる死亡を回避することが期待できる。
しかし一方で、前立腺がんと診断された110人のおよそ90%が治療を受け、検査を受けた1000人のうち30〜40人に勃起障害や排尿障害が起こるという。その結果、USPSTFではPSA検査を受けないことを推奨している。
PSA検査に関しては学会によりさまざまな立場があるが、がんを早期発見・治療して死亡数を減らそうとすれば、一方で多かれ少なかれ過剰診断が生じてしまうのは事実だ。それによる不利益が利益を上回るのならば、その病気のスクリーニング検査はしない方が望ましいことになる。
がんの過剰診断は現在、世界中で指摘されている問題だ。
人数だけをひとり歩きさせてはいけない
もちろん一般の人を対象にした甲状腺がん検査と、がんリスクが高いかもしれない福島の子どもたちに対するスクリーニングを同列に語ることはできない。史上まれに見る原発事故に対しては、これまでにない規模の検査体制と将来にわたる追跡検査を行うことが国の使命でもあるからだ。
しかし、甲状腺がんのスクリーニング検査にも「利益」と「不利益」があり、まだ多数の専門家は「被ばくとがんを関連づけるのに慎重」である。それらの認識がなければ、この議論を公平に進めることはできない。
たとえ経過観察でも、医師から「がんの疑い」を告げられれば、本人や家族にとっては精神的ストレスになる。「心配だから手術してほしい」と希望する患者もいるかもしれない。当然ながら手術や放射線治療にも一定のリスクはある。
県民の健康状態を把握し不安を解消する対策が、逆に不安や不信感を招いている側面もある。過剰診断であるかどうかの議論を含めて、スクリーニング検査の進め方や継続性について、客観的なデータをもとに検討していく必要があるだろう。
福島第1原発では、事故で溶け落ちた核燃料(デブリ)の処理やがれき撤去など、いまだ放射線量が高いなかで先の見えない廃炉作業が続く。福島県の発表によれば、東日本大震災と福島第1原発事故による18歳未満の子どもの避難者数は1万8910人(4月1日時点)いる。
福島原発事故の影響がいまだ続く一方で、「●●人にがんが見つかった」という数字だけを報道して不安を煽ることは、福島の子どもたちや家族を幸せにはしない。健康への影響を心配する人や子どもらの不安解消につながるケアが求められる。
(文=ヘルスプレス編集部)