総額1億7000万ドルもの費用をかけても撲滅は不可能
南米原産のヒアリは、1930年代にアメリカのアラバマ州に浸入し、全域へ拡散。生息域は年に約10kmのペースで広がっていったと推測されている。
アメリカでヒアリが繁殖したのは、南米にいた天敵がいなかったことも一因だという。同国では1950~80年代にかけて、総額1億7000万ドルもの費用をかけて殺蟻剤散布などの対策を講じたが、ヒアリを撲滅することはできなかった。
結局アメリカでは、原産地よりも高密度のヒアリが生息するようになり、それが船の積み荷などに紛れて拡散。他国への侵入と定着を許すまでになってしまった。
今世紀に入ると、オーストラリア、ニュージーランド、台湾、中国、香港などでも相次いで確認されている。ニュージーランドでは、侵入後のいち速い対応で根絶に成功したが、巣の発見から根絶の確認までは約2年かかった。
日本はヒアリ保有国と活発に貿易をしており、ヒアリが輸入されるリスクに常にさらされてきた。周辺諸国への分布の拡大を考えれば、日本への侵入は時間の問題だったといえる。
危険なのはアナフィラキシーショック
ヒアリが恐れられる理由は「どう猛」さと「毒性」、そして恐るべき「タフさ」だろう。
ヒアリは「アルカロイド毒」を持ち、尻尾から突き出た針に刺されると激痛が走って患部が膿を持ち赤く腫れ上がる。1匹が1回に何度も指すので、同じ場所にいくつもの膿疱ができることもある。
通常は刺されても1週間ほどで回復するが、まれに強いアレルギー反応のアナフィラキシーショックを起こし、最悪死に至る場合もある。東京都環境局によると、北米でヒアリに刺される人は年間1500万人にのぼり、100人以上が死亡しているとのことだ。
環境省では、アリに刺された場合はまずは安静(20~30分程度)にし、動悸やめまいなどの症状が出て容体が急に変化することがあれば、最寄りの病院を受診することを呼びかけている。その際には「アリに刺されたこと」「アナフィラキシーの可能性があること」を伝えることが重要だ。
電気に引きつけられる習性があるため漏電による火災などの被害が多発
人的被害ばかりではない――。ヒアリは昆虫だけでなく植物も食べるため、畑の作物や果樹などの被害も心配だ。さらに小動物を襲う習性もあり、ニワトリやウシなどの家畜の仔も危険にさらされる。生態系への影響も大きい。
さらに電気に引きつけられる習性があるため、アメリカでは漏電による火災や信号機故障などの被害が多発。さまざまなヒアリによる経済損失は年間で50〜60億ドルにも及ぶとされる。とても無視できるものではない。
やっかいなのは、ヒアリは暗い森や山の中よりも、日当たりの良い開けた場所を好んでコロニーを作ることだ。舗装道路脇や公園などの都市環境に適応してしまうため、いちど定着を許してしまえば、日本人の多くはヒアリの隣人として暮らさなければならない。
定着して繁殖が始まれば、駆除が難しいヒアリ。環境省などは侵入を水際で食い止めるべく、すでに調査済みの7港を含め、中国・広州市の南沙港からコンテナの定期輸送がある22港湾でも調査を進める方針だという。
決して死亡率は高くない。エスカレートした過剰反応は避けよう
とはいえ、私たちまで今から過剰に怖がる必要はないだろう。刺されて死亡した例があるとはいえ、単純に考えて北米での15万人に1人(0.001%以下)という死亡率は極めて低いものだ。
ちなみに、日本でスズメバチに刺されて死亡する人は年間20名ほどいる。スズメバチに刺されると、大人の数%がアナフィラキシーショックを起こすといわれている。それと比較すれば危険度は低い。
ヒアリが見つかった港湾付近の保育園などでは、警戒を強めているという。それは大切なことではあるが、エスカレートして外での活動そのものを避けたり、被害のない在来アリまで駆除したりするような過剰反応は避けたいものだ。
実際にアメリカでは、「ヒアリに対抗する在来アリの密度が高ければ、ヒアリがコロニーを定着させる率が下がる」という報告がある。味方になってくれる在来アリを駆逐したり、身近な自然を観察したりすることをやめれば、それが結果的にヒアリの浸入を許すことになりはしないだろうか。
関係機関による監視の徹底とともに、私たちも冷静に足元に目を配って定着を阻止したい。まずはアリ見つけてもむやみに殺したり刺激したりしないこと。万一、ヒアリの疑いがあれば生きている個体には触らず、自治体に連絡しよう。ヒアリの浸入が心配なら正しい情報を集め、知識をつけたうえで「正しく恐れる」ことが大切だ。
(文=ヘルスプレス編集部)