「究極のアンチエイジング」「高級クリーム3万円くらいの効果がある」などとインターネット上に情報が飛び交っていた医薬品「ヒルドイド」。価格はチューブ1本(25グラム)で約590円。健康保険で自己負担が3割の場合は、診察料などを除けば180円ほどで入手することができる。
3万円に値する効用のあるものが180円で入手できるとなれば、多くの人が飛びつくのは当然だろう。だが、ヒルドイドはアトピー性皮膚炎の人や肌が乾燥しやすい子どもらに処方されるものだ。美容目的ならば、保険が適用されるわけもない。
そもそもはタレントの梨花や中村アンが、その効果を宣伝したのが発端。彼女たちに悪気はなかったのであろうが、美容目的のヒルドイドの使用が国の医療費を圧迫、おおよその試算では、その額は年間93億円にも上っているともいわれ、厚生労働省が問題視するほどの社会問題になっている。
多くの著作などを通じて、正しい薬の飲み方を啓蒙している薬剤師の小谷寿美子氏に話を聞いた。
そもそも、ヒルドイドに美容効果はあるのだろうか。
「肌のハリをよくする、シワが消える、クマが消える。これらがヒルドイドの美容効果だと多くの方に思われているようです。ヒルドイドには、水分を保つ薬効があります。それによって、肌にハリは出てきます。乾燥によって起こるシワは、水分を保つことで治ります。ヒルドイドには血流をよくする効果もあります。クマというのは、血流が滞っている状態ですので、それが流れるようになればクマが消えるということがあります。美容効果があるという具体的なデータがあるわけではないですが、薬効はあると考えられます」(小谷氏)
ヒルドイドは美容目的の薬ではないが、副作用はないのだろうか。
「副作用はほとんどないですが、まったくないわけではないですね。血行をよくする効果があるので、人によっては肌が赤くなったりします。ヒルドイドの成分のヘパリン類似物質は、血をさらさらにして出血が起こりやすくなるので、紫の痣が出たりするということが報告されています」
実際に美容目的で使っていると見受けられる例は、医療の現場であるのだろうか。
「お母さんが、子どもの肌が乾燥して痒がってるからと『多めにください』と言って、10本くらい処方しているケースはけっこうあります。10本というのは子どもの治療に使うにしては量が多いので、お母さんが自分のために使っているのではないかと思います。お医者さんとしても『足りないのでもう少しください』と言われれば出さざるを得ないでしょうけど、子どもは助成が入って医療費が無料の自治体も多いので、お母さんが使っているとしたら問題ですね」
アトピー患者に不利益の懸念も
大手企業の健康保険組合でつくる「健康保険組合連合会」が9月に公表した報告書では、現状を踏まえ、ヒルドイドを単独で処方する場合は保険の適用から外すことなどを提言した。一方、日本皮膚科学会は10月31日、「保湿剤による治療を必要とする患者に大きな不利益を生じかねない」として、処方の制限に反対する意向を明らかにした。今後、どのような展開が予想されるのか。
「本数制限がかかるのではないかというのが、私の予想です。以前、湿布薬を処方し過ぎて医療費を圧迫しているということが問題になった際、70枚までに制限されたんです。アトピーの患者さんなど、ヒルドイドを使わなければならない人も多いので、完全に保険の適用外にすることはできないと思います。美容で使いたい人は、市販でも同じ成分のものがあるので、そちらを使っていただくに越したことはないですね。本当に必要な人には、きちんと保険を適用して使えるようにすべきだと思います」
行政上の対処も必要となっていくであろうが、消費者の良心にも期待したいところだ。
(文=深笛義也/ライター)