鍋などの調理器具や開封後の缶詰、そのまま保存は危険…金属の溶出で健康被害の恐れ
近年、食品と金属の関係はあまり話題にされていませんが、中毒と思われるいくつかの問題が発生しています。
金属による危害は、イタイイタイ病に代表されるような無機金属化合物が原因のものと、メチル水銀のような有機金属化合物に分類されます。一般に日常の食生活で身近な金属のなかで摂取する機会があり、過剰に摂取することにより危害を生じる可能性のあるものが、有害性重金属といわれています。通常、行政が注意の対象としているものとしては、前々回に紹介したヒ素、前回紹介した鉛、カドミウムのほかに、銅、スズなどがあります。
銅
(1)銅は赤血球や骨の形成を助ける必須元素の一つです。栄養強化剤としてグルコン酸銅や硫酸銅を調製粉乳に使用することが認められています。しかし、一度に大量の銅を摂取すると、食中毒になります。欠乏症としては骨や血管の異常、神経・精神発達遅延、貧血、白血球減少等があります。レバーや牡蠣などに比較的多く含まれており、微量ですが、多くの食品に含まれているため、普通の食事をしていれば欠乏症にはなりません。熱伝導が良いため銅鍋など調理器具としても多く使われています。
明治時代には銅化合物である緑青による中毒が毎年のように発生したと記録されています。明治時代緑青は団子や菓子の着色料として使用されていました。明治14年(参考資料3)には手踊りの会で赤、白、緑の団子を売って、色が珍しいとして飛ぶように売れたと記載されています。しかし、団子を食べた人たちに腹痛等の中毒症状が出ました。これらの症状を起こしている人は青色の団子を食べた人であり、この着色は緑青で染めたことから、原因は緑青であるという結論を出しています。
しかし、現在の科学では緑青の毒性は弱く、それによる中毒は考えられないとされています。当時の緑青には砒素等が混入したのではないかと考えられています。
(2)梅砂糖漬(参考資料4)
1985年、田舎から持ち帰った梅砂糖漬を職場に持って行き、5人で食べたところ、3人が食後30分頃より、吐気、嘔吐 (2-10回)、腹痛、下痢の中毒症状を呈しました。梅砂糖漬の銅含有量は1500mg/kgであり、症状は、多く食べた人や空腹時に食べた人は重症で、コーヒー牛乳を飲みながら食べた婦人は軽症でした。
(3)タヌキ丼(参考資料4)
83年、母親と2人の子供が夕食に出前のタヌキ丼を食べたところ、母親は食事中から食後にかけて頭がボーとし、酩酊感に襲われ、5時間後から8-10回黒色系の水様性下痢をしたということです。子供は少量の喫食のためか軽い下痢だけですみました。
タヌキ丼の残品からは370mg/kgの銅が検出されました。原因は調理した鍋が銅にスズをコーティングしたものであり、スズがはげて銅が露出しており、調理後、鍋の中に長時間放置したためと推察されています。
(4)タラの芽(参考資料5)
89年、お土産用のタラの芽の塩漬品を塩出し後、家族 4名が鰹節と醤油をかけて食べたところ全員が 2時間後から吐気のほかに緑色の水様性下痢となりました。残品と未開封のタラの芽塩漬品からそれぞれ26、38mg/kgの銅を検出しています。このタラの芽は製造元で塩漬し、漂白し、調味料を加えた後、天然添加物の銅クロロフィリンナトリウムを加えていました。
(5)野菜スープ(参考資料6)
家庭で人参、キャベツ及びニンニク入りの野菜スープをつくり、その日の夕方家族 4名が食べて異常は見られませんでした。 しかし、翌日、鍋に残った野菜スープを再加熱し家族全員で食べたところ、3名が食べた後30分から吐気、嘔吐、しぶり腹を伴う腹痛や下痢を発症しました。残品と参考品からそれぞれ26、38mg/kgの銅を検出しています。再加熱した 2日目のスープは黒味がかっていたことから銅鍋からの銅の溶出と推定されています。
(6)焼きそば(参考資料6)
2000年、都内で焼きそばを製造、販売している商店から12時頃、2家族が焼きそばを購入し、それぞれの家で12時50分頃摂食したところ、双方の家族合計8人のうち7人が、食後10分くらいから吐気、嘔吐、腹痛、下痢等の症状を呈し、2名が救急車で病院に搬送されました。2検体のいずれからも310mg/kg及び180mg/kgの銅が検出されています。保健所の調査によると、この商店では焼きそばの調理に銅製の鍋を用いており、鍋の洗浄等、取り扱いに問題があったことが原因としています。
(7)焼きそば(参考資料7)
02年、都内の幼稚園で昼食に仕出し弁当を食べた園児と職員117名のうち18名が、約10分後から嘔吐等を起こしました。弁当の中の焼きそばの残品から銅が10~51mg/kg検出されています。仕出し弁当の製造所では焼きそばの調理に銅製の鍋を用いており、鍋の洗浄等、取り扱いに問題があったことが推察されています。
(8)焼きそば(参考資料7)
02年、都内で焼きそばを製造、販売している商店から購入した焼きそばを、友人家族等5人が食べたところ、5人とも食べた直後から、吐気、嘔吐、下痢等の症状が出ました。銅鍋で製造したソース焼きそばからは560mg/kgの銅が検出されています。おそらくソースが酸性(pH3.6)で塩分濃度が高く、高温で焼くため、銅の溶出に影響しているものと推察されています。
(9)スポーツ飲料(参考資料8)
母親が朝7時半頃に水筒を洗ってスポーツドリンクを入れ子供に持たせました。その日の14時頃に子供6人が回し飲みで飲料を飲んだところ、全員が苦味を感じ、頭痛、めまい、吐き気などの症状がでました。残っていたスポーツ飲料から高濃度の銅880mg/kgが検出されています。この水筒の内部は、破損している様子はなく、再現試験では内部に青緑色の液体が溜まりました。この水筒は保温のため内壁は二重構造になっており、通常は飲料に接しない二重構造の一部分に銅を使用しているものでした。しかし、実際は水筒の内部が破損しており、スポーツ飲料を入れて長時間置いたことにより、破損部分からスポーツ飲料が染み込み、銅が溶出したためと考えられています。
スズ
果実缶詰は白缶(鉄にスズをコーティングした缶)が多く使用されています。白缶をジュースや果実缶詰に使用すると、スズの還元力により果物等の褐変を防ぎ、ビタミンC等の減退を防ぎます。また、見た目だけではなくスズはある程度含んだもののほうが美味しくなるといわれています。清涼飲料水のスズの規格値は150ppm(mg/kg)と決められていますが、一般に40~60 mg/kg検出されるものが多いようです。このスズによる中毒の報告例は見当たりません。
(1)缶入りトマトジュース
1944頃に吐気、嘔吐を主な症状とする中毒がありました。原因はトマトジュースの製造原料として未熟のトマトを使用したことで硝酸根(亜硝酸の可能性あり)の含有量が多くなりスズが溶出したためでした。これを契機に原材料の管理と容器について改良を重ね、現在では安全なものが販売されています。
(2)缶入りみかんジュース
缶入りみかんジュースを飲んで十数名が嘔吐や腹痛を起こした事例があります。この原因は地下水を使用していたことでした。その地下水に亜硝酸が比較的多く含まれていたため、スズが多量に溶出したためでした。この事例を契機に食品、特に缶詰に使用する地下水についてはイオン交換処理を行うようになりました。
(3)ベビーフード缶詰
食中毒は起こしていませんが、1995年当時はみかんジュースのベビーフード缶詰がありました。そこには「開缶後は涼しい所に保存して3日以内に飲んでください」との表示がありました。開缶後3日間3分の1ずつ検査したところ、3日後は1000mg/kgを上回ることがわかりました。
その事例を契機に現在では白缶のジュースだけではなく、缶詰全般に「食べ残しはガラスなどの綺麗な容器に移し替え、冷蔵庫等に保管し、なるべく早く食べる」旨の表示がされるようになりました。スズの経口摂取では腸管吸収率は低く、無機スズは胆汁へ排泄され糞便として体外へ排泄されるため、一過性の中毒と考えています。
金属に関する食中毒は調理器具や容器由来のものが大半を占めます。「金属製の容器や器具で酸性の食品を使用するときには長時間接触させない」という事で金属に由来する大半の中毒は避けることができるのではないでしょうか。
(文=西島基弘/実践女子大学名誉教授)
【参考資料】
1)西洋事物起源(一)ヨハン・ベックマン著(特許庁内技術史研究会訳)岩波文庫p206-228
2)東京都立衛生研究所年報p155(1966)
3)日本食品衛生史(明治編)p292(1980)中央法規出版
4)東京都立衛生研究所研究年報p191(1985)
5)同p163(1989)
6)同p159(2001)
7)同p147(2002)
8)東京都食品衛生の窓 東京都福祉保健局