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江川紹子の「事件ウオッチ」第44回

【慰安婦問題で日韓合意】 “不可逆的な解決”のために必要なことは

文=江川紹子/ジャーナリスト
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【慰安婦問題で日韓合意】 “不可逆的な解決”のために必要なことはの画像1会談に際し、共同記者会見を行った岸田文雄外務大臣と尹炳世韓国外交部長官。残る懸念事項をクリアして、関係を前進させられるかーー。(写真は外務省HPより)

 昨年末の日韓外相会談で、慰安婦問題をめぐり「最終的かつ不可逆的な解決」を図る合意が交わされた。これにはアメリカだけでなく、国連の潘基文事務総長からも歓迎の声明が出された。両国関係を困難なものにしてきた最大の懸案であり、元慰安婦が存命中に慰謝の措置がとられること決まったという点では、明るいニュースだった。

日韓合意実現のために

 ただ、これは合意さえすれば自動的に「解決」に結びつく、というものではない。現に、日韓双方から批判や不満の声が聞こえてくる。韓国では、慰安婦問題について日本が法的責任を認めて国家賠償することを求めてきた運動体「韓国挺身隊問題対策協議会」(挺対協)が合意に強く反発。ソウルの日本大使館に置かれたのと同じ少女像を世界中に設置すると宣言した。日本では、左右両極から批判が起きている。「強制連行はなかった=日本に問題はない」とする“右派”の人々からは、「安倍晋三首相に裏切られた」という怨嗟の声が上がり、他方、日本が法的責任を認めるべきと考える“左派”からは「被害者の声に耳を傾けるべきだ」との批判がある。

 そんな中、本当の合意、最終解決に持っていこうとするならば、これが傷つけられた女性たちの人権を回復させるための取り組みである、という認識をできるだけ多くの人々が共有し、日韓両政府によるさらなる努力と細やかな配慮が求められる。

 この合意で不可逆性が求められているのは、韓国だけではない。

 安倍首相は、これまでも河野談話を引き継ぐとしてきたものの、自分の口から謝罪を述べることを、できるだけ避けようとしているように見えた。しかし、その安倍首相が、今回の合意にあたって、自ら「日本国の首相として心からおわびと反省の気持ち」を表明した。岸田外相も、合意を発表する場で「慰安婦問題は、当時の軍の関与のもとに、多数の女性の名誉と尊厳を深く傷つけた問題であり、かかる観点から、日本政府は責任を痛感している」と明言した。

 こうした言葉も「不可逆的」でなければならず、今後の日本政府や首脳が、この認識を覆したり、逆行させるような事態があってはならない。日本にはなんら責任がないかのような、あるいは元慰安婦の名誉を傷つけるような発言が、とりわけ与党政治家から飛び出し、今回の合意を日本側から傷つけたりすることがないよう、安倍首相は自民党総裁としても努めてもらいたい。また、巷で元慰安婦の人権を侵害するようなヘイトスピーチが公然となされるような事態がないよう、政府はさまざまな努力をすべきだろう。

 ところが、合意を進めるのとは逆行するような現象も出ている。合意発表後、「韓国政府が設立する財団に日本政府が10億円を資金拠出することをめぐり、安倍晋三首相がソウルの日本大使館前の少女像撤去が前提との意向を示していることが31日、分かった」(時事通信)などといった報道が、各メディアに流れた。不満を抱く“右派”をなだめるためなのかもしれないが、謝罪をした側がこういう条件をつければ、さらなる韓国側の反発を招く。国際社会にも「おわびと反省」の誠意が疑われ、札束で主張を通すように見られれば、日本の国としての品格にもかかわる。誰が流した情報かわからないが、安倍首相はきっぱり否定してほしい。

 今回の合意を維持するには、韓国政府のほうに大きな困難が伴う。合意内容を説明しに訪れた韓国外交部の幹部は、元慰安婦たちからの激しい抗議や不満を浴びせられた。韓国内での世論調査では、今回の合意を「正しい」と肯定的に見る人が43.2%なのに対し、「誤りだ」と否定的な人は50.7%。評価は真っ二つに割れている。朴槿恵大統領が「合意を受け入れず、白紙に戻せと言うなら、政府にはおばあさんたちの存命中にこれ以上何もする余地がないということをわかってほしい」などと、国民に理解を求める談話を出さねばならない事態になった。

 日本政府は、誠実に合意された事柄を実行し、安倍首相の「おわびと反省」を肉声として元慰安婦に届けるなど、被害者や韓国の国民ができるだけ納得するように努力する必要があるだろう。「韓国のことは朴政権の責任」と突き放した態度では、せっかくの合意の実現が困難になりかねない。

 慰安婦問題については、日本は村山政権の時代にアジア女性基金をつくり、その後、国民から集めた「償い金」200万円に加え、国費から拠出した医療福祉支援事業120~300万円を、首相のお詫びの手紙と共に届けることで謝罪を形にし、問題の解決を図った。この事業について「失敗だった」とまるきり否定的な見方もあるが、それはフェアな評価ではないと思う。

 韓国では、「法的責任を認めていない」として挺対協が激しく反対する中、同政府が認定した元慰安婦207人中61人と、3割が「償い」を受け取った。日本の基金に対抗するかたちで韓国でも元慰安婦への支援が始まったという点からも、女性基金の償い事業は意味があった。

 また、フィリピンやオランダなどでも事業が展開され、一定の評価が得られた。とりわけ首相のおわびの手紙は、少なからぬ元慰安婦たちに慰めをもたらした。オランダでの対日感情がそれで和らぐなど、日本の国際的な評価にも貢献したように感じる。

 ただし、韓国や台湾では反発が強かったために、償い事業が道半ばで終わったのは事実だ。韓国内で非難されることを恐れた元慰安婦が多かったため、日本が償い金を渡した人数もつい最近まで明らかにされず、韓国民に対しても十分な説明ができなかった。その時に果たしきれなかった人権救済が、今回の合意によって進められると受け止めるべきではないか。

「戦時下の女性の人権」の回復のために

 ところで、この問題を人権問題として理解するには、女性達が慰安婦になった経緯や慰安所での状況など、戦時中の出来事だけでなく、問題が顕在化した経緯を知っておいたほうがよいと思う。

 日韓の国交が正常化した1965年には、慰安婦をめぐる問題はまったく光が当てられていなかった。反日感情が強く、儒教的貞操観念の中で元慰安婦の女性たちは差別を恐れ、過去を封印して生きざるを得なかったのではないか。日本でも国際社会でも、戦時下の女性の性をめぐる問題を女性の人権問題としてとらえる状況ではなかった。

 78年に出版された、『終りなき海軍』(松浦敬紀・編/文化放送開発センター出版部)という本がある。戦時中海軍に所属して、その後各界で活躍した人たちの手記集だが、そこで中曽根康弘元首相が海軍主計長としてインドネシアに慰安所を開設した経緯を、こう書いている。

「三千人からの大部隊だ。やがて、原住民の女を襲うものやバクチにふけるものも出てきた。そんなかれらのために、私は苦心して、慰安所をつくってやったこともある」

「軍の関与の下に」(河野談話より)慰安所がつくられたことを自ら認めたかたちだ。それを自慢話のように書いているのは、当時はこうした記述が問題視されるとは思いもしなかったからだろう。

 しかし、79年には女子差別撤廃条約が国連総会で採択され、国際社会の中で80年代に女性の人権に対する関心が急速に高まっていった。そして91年に韓国で、92年にフィリピンで、元慰安婦が名乗り出た。日本を相手にする裁判も始まる。さらに、92年には旧ユーゴスラビアの紛争で、「民族浄化」の名の下に虐殺が行われ、多くの女性がレイプされたことが明らかになり、大きな衝撃を与えるとともに「戦時下の女性の人権」が国際社会の大きな関心事となった。そんな中で、日本の過去の慰安婦問題も「戦時下の女性の人権」という観点から光が当てられることになった。

 今の価値観で過去の問題を判断することはおかしいのではないか、という意見もある。確かに、法的な問題については「法の不遡及」という原則があり、実行時に適法だった行為を後からできた法律で罰することはできない。しかし、人道的な問題に関しては、かつての人権意識が低い頃に先人達がなした行為を、後から振り返って問題だとわかった場合、それを反省したり謝罪することはためらうべきではないだろう。

 これまでも、たとえば父ブッシュ大統領は戦時中の日系人の強制収容を謝罪したし、クリントン大統領はハワイ併合の際に米政府が王朝崩壊に関与したとして謝罪。米下院は、奴隷制度に謝罪する決議を採択している。オーストラリアでも、ラッド首相が先住民アボリジニへの隔離政策を謝罪した。また、スペインやポルトガルが中南米を征服し、非人道的な搾取を行ったことについて、ローマ・カトリック教会の布教活動が大きなかかわりがあったとして、法王ヨハネ・パウロ2世がドミニカ共和国で、現在のフランシスコ法王がボリビアで、謝罪を行った。

 また、過去に軍隊が女性を性的に搾取したのは日本だけではない、という言い分もある。その通りだ。韓国では米軍に対して性の提供をさせられた女性たちがいるし、ベトナム戦争の際には韓国軍の兵士が現地の女性をレイプした問題もある。だからこそ、日本が誠実に謝罪と償いを実行すれば、そうした他国が関与した被害者たちの救済の道を切り拓くこともできる。日本は、元慰安婦たちへの誠意と共に、過去における「戦時下の女性の人権」を回復するという大きな課題のトップランナーであるという気概を持って、この合意が完全に実現されるよう努力していきたいものである。
(文=江川紹子/ジャーナリスト)

江川紹子/ジャーナリスト

江川紹子/ジャーナリスト

東京都出身。神奈川新聞社会部記者を経て、フリーランスに。著書に『魂の虜囚 オウム事件はなぜ起きたか』『人を助ける仕事』『勇気ってなんだろう』ほか。『「歴史認識」とは何か - 対立の構図を超えて』(著者・大沼保昭)では聞き手を務めている。クラシック音楽への造詣も深い。


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