国家試験や資格・検定試験、さらには大学入学試験など日本には数多くの試験が存在する。その試験の監督員など運営スタッフに、アルバイトの社会人が深くかかわっているのをご存じだろうか。
とくに試験官は、主婦をはじめ一般の会社員や定年退職者らの「小遣い稼ぎ」の副業として人気を集めている。拘束時間にもよるが、1日の試験で7000円~1万円を得られる上に、試験官というイメージも個人の高揚感をかき立てるようだ。
各試験の実際の運営は、ほとんどが外部の専門会社などにアウトソーシングされているのが現状だ。試験を請け負う受託会社は、各種試験の問題作成から会場選定・設営、試験の実施、採点処理までのトータルな試験運営を手がけている。
よく知られているのが、河合塾グループ、パソナグループ、日本電子計算が共同出資して2003年6月に設立した全国試験運営センター(略称:NEXA)だ。同社のホームページでは、「日本で唯一の試験運営専門会社として、年間顧客126社、年間実施試験数338回の試験を運営」と紹介されている。
人材紹介・派遣会社のヒューマントラストやランスタッドも試験運営を手がけており、試験運営の受託会社自体は数多いのが実態だ。試験運営のために何人もの正社員を抱える必要はなく、運営スタッフはアルバイトの人材に任せれば済む。つまり、試験運営は「利益率の高い業務分野」であり、ビジネスとしてのうま味もあるので、受託会社がひしめき合っているという状況もうなずける。
試験運営のスタッフは各社とも登録制になっている。特別の資格が必要になるわけではなく、社会人であれば専門学校・高校卒以上の学歴で十分だ。ただし、NEXAのホームページにもあるように、応募資格として「立ち仕事の勤務であり、体力があること。人前で試験に関するアナウンスや会場内での誘導をするため、大きな声が出せること」は欠かせないようだ。
とはいえ、人前で講演をするわけではなく、試験のマニュアルに沿ってアナウンスすることが基本だから、「普通にできる仕事」なのである。こうした気軽さから、複数の人材会社に登録し、試験監督をマニアのように楽しんでいる社会人も少なくないという。
解答用紙の紛失などトラブルも
だが、試験監督に未熟なスタッフも多いことから、試験運営の精度や質的な面にバラツキがあるのはいうまでもない。複数の人材サービス会社に登録し、試験監督を副業にしている会社員の伊藤浩一さん(仮名)は、こう話す。
「張り切りすぎるあまり、威圧的なアナウンスをする監督員がいたり、服装がだらしなかったり、受験者への対応に困惑する監督員がいたりと、毎回何かしらの違和感を覚えています。当然、これらは受験者からのクレームの対象になっています」
業界に共通のルールがあるわけでもなく、アルバイトに試験監督を任せているからこその結果なのだろう。もっとも、試験監督員には、各社とも経験者を優先的に採用し、試験によっては事前研修も行うため、大きなトラブルになることはほとんどないようだ。それでも、ときには受験者の解答用紙を紛失してしまうなどといったことも起きているという。
国家試験でもトラブル
かつてはこんなこともあった。関係者によると、埼玉県和光市にある司法研修所で行われた国家試験の「司法修習生考試」(司法試験に合格した司法修習生が、1年の研修を終えて受験する試験)で、試験監督を務めていた女性スタッフが午後の試験監督業務を残して帰ってしまったというのだ。実務を請け負ったのは人材派遣会社のA社で、当日は約300人の登録アルバイトが監督業務などに従事していた。平日の試験だったこともあり、経験者の集まりが悪く、事前研修を受けていない登録アルバイトにも試験監督をさせていたという。
件の女性もそのひとりで、作業内容の煩雑さに堪えかねたのだろう。「こんなに遅くまで仕事をするとは言われていない。私には予定があるんです」と大声でわめき、試験室から帰ってしまったのだという。それだけにとどまらず、当日の試験では監督員が声を出して大あくびをしたり、教壇で居眠りをしたり、アルバイト同士で世間話をするなど、「ひどい状況だった」ようだ。人生をかけた試験を、こうした環境で受けなければならなかった修習生が気の毒としかいいようがない。
前出・伊藤さんは、「試験監督業務を人材派遣会社が請け負う状況はよしとしても、業界統一のルールの導入や試験官のレベルを高めるための資格試験こそ必要なのではないでしょうか」と指摘する。司法修習生考試のように人生を左右しかねない試験も少なくない。それをアルバイトの人材に任せている現状には、早急な改善策が求められている。
(文=牧瀬良/フリージャーナリスト)