緊急事態宣言を受け、小池百合子東京都知事は4月10日、休業実施を要請する対象業種を発表し、要請に応じた事業者に支払う「感染拡大防止協力金」についても明らかにした。
私は小池都知事を「スポットライト症候群」と勝手に診断しており、強い自己顕示欲が鼻につくので、正直なところ、あまり好きではない。だが、今回休業要請先を明確に示したことには一定の評価ができると思う。
もちろん、休業を要請する対象業種の選定については、厳しすぎるという批判もあれば、逆に緩すぎるという批判もあるだろう。また、「感染拡大防止協力金」の額についても、これでは到底足りないという事業者が圧倒的に多いはずだ。
しかし、政府の対応と比べると随分ましというのが率直な感想である。西村康稔経済再生担当相は、緊急事態宣言の対象地域となった7都府県知事に、休業要請を2週間程度見送るよう打診したと報じられた。外出自粛の効果を2週間程度見極めてから、必要であれば休業要請を出すようにという方針のようだが、そんなことをしていたら感染爆発を起こしかねない。いや、現時点で少なくとも東京都では感染爆発が起きているのではないか。
西村経済再生担当相の対応は、安倍晋三首相が「2週間後には感染者の増加をピークアウトさせ、減少に転じさせることができる」と話したことを受けてのものらしい。
安倍首相のこの発言は、「~だったらいいのに」という願望を現実と混同する「幻想的願望充足」のように見える。7日の衆参の議院運営委員会の質疑で「民間事業者や個人の個別の損失を直接補償することは現実的ではない」と答弁した安倍首相は、緊急事態宣言を出せば、補償を行わなくても、国民が自主的に外出自粛や休業などの「行動変容」を起こしてくれるはずと信じているわけで、「幻想的願望充足」以外の何物でもない。
補償がなければ生活できず、休業できない事業者もいれば、働きに行かざるをえない従業員もいるだろう。そういう現状を政府は認識できないようで、結果的に危機感もスピード感もない対応になっている。
より実害が少ない方策を選ぶべき
感染拡大を防ぐために人と人との接触を減らそうとすれば、どうしても経済活動を停滞させることになるので、そのせめぎ合いが各国で起きている。たとえば、ブラジルでは、新型コロナウイルスを「ちょっとした風邪」と一蹴し、経済への打撃を抑えるため限定的な対応にとどめたいボルソナロ大統領と、感染拡大を防ぐため厳しい措置を求める医師出身のマンデッタ保健相との対立が深刻化し、ボルソナロ大統領が大統領権限を行使しての解任を示唆する事態にまでなっている。
政府と小池都知事との間の溝も、これに似ているように見える。それだけ東京都では感染者の増加スピードが速く、医療現場が逼迫(ひっぱく)しているのではないか。2週間も待てる状態ではないのだろう。
ルネサンス期の政治思想家、マキアヴェッリは、
「われわれが常に心しておかねばならないことは、どうすればより実害が少なくてすむか、ということである。そして、とりうる方策のうち、より害の少ない方策を選んで実行すべきなのだ」
と述べている。
現在の日本において、より実害が少ないのは、感染拡大を防ぐ方策だろう。経済への打撃を抑えるために休業要請を2週間も延期していたら、さらに感染が拡大し、医療崩壊を起こしかねない。そうなれば、より厳しい方策をとらざるをえなくなるが、それがダラダラ続けば、結果的にコロナ禍からの回復が遅れ、来年に延期された東京五輪の開催も危ぶまれる最悪の事態になるかもしれない。
今は、感染拡大を食い止めることを最優先にすべきで、そのための政策を政府はもっと危機感とスピード感を持って進めるべきである。
(文=片田珠美/精神科医)
参考文献
塩野七生『マキアヴェッリ語録』新潮文庫