新聞記者との“賭け麻雀”報道で辞任に追い込まれた黒川弘務東京高検検事長。ほぼ満額の退職金約6000万円を受け取り、円満退職となる予定だったのだが、ここで「待った」がかかった。共同通信は25日、記事『黒川氏処分、首相官邸が実質決定 法務省は懲戒と判断、軽い訓告に』を配信。複数の法務・検察関係者の話として、当初、法務省が「国家公務員法に基づく懲戒が相当」としていた判断を首相官邸が覆して懲戒にはしないと結論づけ、法務省内規の「訓告処分」になったというのだ。安倍晋三首相はこれまで黒川検事長の処分に関し、国会で「検事総長が事案の内容など、諸般の事情を考慮し、適切に処分を行ったと承知している」などと繰り返し説明してきた。いったい官邸と法務省内で何が起こっているのか。
法務省では「懲戒処分が妥当」が多数派だった
共同通信の報道が事実だとすると訓告処分を行ったのは書面上、検事総長だが、実質的な決定は首相官邸で行われたことになる。法務省関係者は次のように話す。
「今回の件は、かなり複雑なようです。そもそも黒川さんは菅義偉官房長官に近い人物と検察内部では目されてきました。次期警察庁長官と目されている中村格警察庁次長と同じです。今回の大甘処分も、菅官房長官の差配なのかというと、そうでもないようです。法務省内でもいったいどういう経緯だったのか、いろいろな噂が流れています。
報道にあるように、確かに法務省内では『懲戒は避けられない』という論調が強かった気がします。特に現場の検察官からは、『法務官僚が法律違反をして、おとがめなしでは示しがつかない』という至極もっともな意見が多く聞かれました。ところが、上層部のほうでなんらかの手打ちが行われたようです」
公明党関係者「誰が不可解な意思決定をしているのか」
与党公明党関係者も次のようにいぶかしがる。
「官邸の決定がどのような手順でなされているのか、最近はまったくわかりません。新型コロナウイルス感染症が社会問題になり始めてから、明らかにおかしい。これまでは自民党の然るべき派閥に筋を通せば、要望や意見が通りましたが、最近の意志決定は複雑怪奇です。公明党も官邸の意志決定過程に不信感を募らせていますよ。
そもそも黒川さんの訓告とほぼ時期を同じくして、森雅子法務相(参議院議員、自民党細田派、福島県選挙区)が22日、官邸に進退伺を出して慰留されました。文字通り、森法務相は官邸に身の処し方に関してお伺いを立て、許された形になります。構図は黒川検事長とまったく同じです。
問題は一連のプランを誰が立案したのかということです。一般的に、官邸の決定とは安倍首相の意向を周囲の誰かがくみ取った上で、具体的な政策決定の形にしていると見られています。そこで焦点になるのが、首相の周囲にいる経産省出身の官僚たちの存在です。
黒川検事長は“国策捜査”としてマスコミに批判されている2006年福島県知事汚職事件の時、法務省刑事局総務課長から同省大臣官房秘書課長に栄転していました。一見、汚職事件と関係ないように見えますが、秘書課長は大臣を含む首相官邸側の意向と、捜査を担当する検察庁側とを調整する重要な役職です。
当時は第1次安倍内閣が発足したころで、黒川氏の直属の上司である法務相は「安倍晋三さんを支える会」の中心人物だった長勢甚遠氏でした。長勢氏は憲法改正や共謀罪の早期成立を訴えるなど、とにかく首相官邸による司法への介入に積極的な方でした。そうした背景の中で、検察は東京電力福島第1原発の危険性を主張していた元福島県知事の佐藤栄佐久氏を“かなり危うい証拠や証言”で立件しました。
佐藤氏は、安倍首相や経産省が進める核燃料サイクル政策の大きな要だった福島第1原発への『プルサーマル計画導入』にも反対していました。客観的に見て、サイクル計画を強力に推進していた首相や経産省にとって佐藤氏は邪魔者でしかなかったはずです。
辞職した佐藤栄佐久氏の後任を決める知事選に立候補したのは森雅子法相です。経産省や東京電力などが森氏を強力に支援したようですが選挙の結果、民主党が擁立した佐藤雄平前知事が当選しました。事件から14年が経ちますが、今になって当時の中心人物たちが再び中央政界で物議を醸していることに驚きを禁じ得ません。
官邸が黒川氏に対する異様な執着を見せていた理由はなんだったのでしょう。何かの意図を感じずにはいられません」
政府の意思決定がどのようになされているのか。一層の検証が必要だ。