文科省天下り、早大と口裏合せの裏工作…人事課が経歴書作成、トップ辞任も退職金ガッポリ
不可解な再就職活動に「金に困っていた」疑惑も
吉田氏は早大大学院でゼミを持っていたようですが、受講していた学生たちには同情します。本当に学生たちの将来を思う教授であれば、問題発覚後も、責任を持って卒業判定は行ってほしかったです。しかし、吉田氏は問題発覚後に大学を辞めてしまいました。
また、吉田氏の再就職の理由が「学生たちと直に触れ合って教えたかった」というものであればまだいいのですが、真相は違うようです。
吉田氏は、ごくプライベートな理由で金銭的に余裕がなく、再就職先を在職中から必死に探していたことがわかっています。通常、高級官僚には黙っていても「再就職」の声はかかるものですし、吉田氏は「著作権の権威」といわれるなど、とても優秀という評判でした。そんな人物が現役のうちから再就職活動をするなんて聞いたことがありませんし、そもそもする必要もなかったはずです。
そうした背景から、お金に困っていた理由について、さまざまな噂が出てきてしまうのも仕方のないことかもしれません。神澤も、「愛人と一緒になるために離婚の慰謝料が必要だった」「よくない組織からお金を借りていた」など、いくつかの話を聞いています。その真相は、まもなく判明するでしょう。
天下り発覚、霞が関の「重い処分」が軽すぎる!
今回の件について、文科省の官房長から「とても厳しい、前例のない処分を行います」と発表された内容を見て、私たち秘書は「これのどこが厳しいの?」と叫びたくなりました。もちろん、秘書には「発言権」はないため、あくまで心の声です。
まず、事務次官の前川氏については「減給10分の1を2カ月」が命じられましたが、同氏はすぐに依願退職してしまいました。しかし、もちろん退職金は支払われますし、「ほとぼりが冷めれば、また必ず再就職の声がかかる」といわれています。
これでは、「退職の理由は国会で行われる参考人質疑の追及から逃げるためではないか」と勘繰ってしまいます。官僚を辞めて一般人になってしまえば、参考人として出席を強制することはできなくなるからです。
また、もっとも重い処分の「停職3カ月」を受けた当時の人事課室長級、「停職1カ月」の当時の人事課長の懲戒処分については、「出世の査定にも響くし、こんなに重い処分を下すのだから、自分たちはかなり厳しく律した」などと説明していました。
確かに、「霞が関の常識」では、この処分内容は「とても重い」のかもしれませんが、国民から見たらどうでしょうか。「そんな程度の処分なの?」と疑問に思う人も多いと思います。やはり、霞が関の幹部も「自分ファーストなんだな」とがっかりました。
そして、文科省の人事課の職員には、「この件にかかわるな」というお達しがあったそうです。ほかの部署の現場の職員が毎晩遅くまで対応に追われるなか、人事課の職員は定時に帰っているため、ほかの職員からはかなりの反感を買っているようです。
また、吉田氏1人のせいで、公僕として真面目に国民に奉仕しているたくさんの現場の国家公務員のみなさんがいっしょくたにされ、批判を受けたり不利益を被ったりしてしまっているようですが、これもとても気の毒です。そして、幹部に反省の色が見えないのが残念です。