あのシャブ漬け国会議員のヤバすぎる奇行…怒号の嵐、議員室に鍵かけ引きこもり
国会議員の秘書の仕事は、選挙に限らず何かとストレスがたまります。
政治資金パーティを控えていれば、その売り上げが目標額に届くかどうかプレッシャーで押し潰されそうになりますし、「テレビ入り」(NHKの国会中継)の質疑の準備なども大変です。
なかでも法律の改正や新しい法律の策定過程などでは、いろいろな立場の団体からの要望も受けますから、利益が相反する団体の仲介をしなくてはならないこともあります。
もちろん、一番大変なのは議員本人ですが、議員から八つ当たりをされることもしばしばあるのが、私たち秘書のつらいところです。そのため、弱音を吐いたり、辞めていく秘書も珍しくありません。
「シャブでもやれば楽になるのかな」などと、本気で考えたという秘書の話を聞くこともあります。シャブとは、もちろん覚せい剤のことです。
時には、自殺するおそれのある仲間を24時間交代で、監視するために一緒に過ごしたこともあります。
実は筆者自身もストレスによる突発性難聴になり、左耳が聞こえなくなった時期もありました。内臓が痙攣し、救急車で運ばれた経験もあります。
そんなにまで追いつめられることもあるのに、なぜ秘書を続けるのかと家族や友人から問われることも多々ありますし、自分でも「なぜだろう」と考え込んでしまうこともあります。
筆者の場合は、「『正義感』が秘書業を続けている支えになっている」というのが、現在の結論です。
自分が、「一国民」としての声を議員たちの周囲で伝えていくことの意義、自分の普通の生活の中で感じる法律の不具合、女性として感じ続けている永田町の不合理などを議員たちに「おかしい」と伝え続けることで、もしかしたら変わるかもしれない、現に少しは良い方向へ進んでいると、自分を納得させながら仕事をしているのです。
覚せい剤使用で逮捕された議員
そんな毎日ですから、有名人の覚せい剤使用による逮捕などのニュースを耳にするたびに、以前、私たちの周囲にいた小林憲司元衆議院議員とその秘書たちのことを思い出します。
調べてみると、小林氏が覚せい剤所持で逮捕されたのは2005年9月18日で、今から11年も前の事件です。筆者自身の記憶はまだはっきりとしているので、そんなに時間がたっているとは思いませんでした。
この小林氏は感情の起伏が激しく、会議の最中に突然、怒鳴りだすこともよくありました。委員会中の野次も大声で下品で、多くの女性秘書たちから嫌われていました。
実は、逮捕の前に小林事務所にいた女性秘書仲間から「議員の奇行で苦労している」と聞かされたことがありました。一緒に逮捕された秘書と小林氏が、2人で議員室に鍵をかけて引きこもってしまうことが何度もあったのだそうです。「その時に電話や来訪者の件で声をかけると、ものすごい剣幕で怒るから怖い」と言っていました。
なので、小林氏逮捕のニュースを聞いた時には「覚せい剤が原因だったのか」と納得したことを覚えています。小林氏は、本当はとても臆病な性格だったとの話もあります。特に選挙期間中は、自分の当落におびえ、覚せい剤の使用頻度が増していたようです。極端に短い睡眠時間でスタッフを振り回していたかと思うと、突然所在不明になったこともあったといわれています。選挙期間中に、秘書が候補者と連絡が取れなくなるということは、一般的にはあり得ません。
しかも、議員会館勤務の秘書は、選挙期間中は宿泊費を浮かせるために、小林元議員の自宅で家族と同居させられていたようです。秘書のひとりが「ゆっくり休めないし、24時間候補者と一緒で変になりそう」と愚痴を言っていたのを覚えています。
元議員は、目がぎょろっとして演説も鬼気迫るものがありましたが、当時は国会議員が覚せい剤を使用しているとは夢にも思わなかったので、「選挙の勝利に対する執着心は、恐ろしいな」としか感じていませんでした。
これは極端な例ですが、身近にこのように恐ろしい例があっても、疲労困憊して精神的に追い詰められると、「いっそ死にたい」「ドラッグでもやったら楽になるかな」などと弱音を吐く議員や秘書がいるのも事実です。
ほとんどは、弱音を吐いて仲間と悩みを共有することで癒され、また翌日からがんばっていますが、なかには本当に危ない議員や秘書を見かけます。何かしらの疑惑がある事務所については、「ただ敬遠しておくのが得策」とされています。
余談ですが、こういった愚痴を言い合える親しい仲間内の飲み会に、甘利明元経済産業大臣の政策秘書だったS氏がいました。以前は、なよなよしていたS氏ですが、フィリピンパブで豪遊させてもらったことで感覚が麻痺してしまい、いつのまにか「裏の秘書」になってしまっていたという裏話があります。
近いうちに「表の秘書」と「裏の秘書」についても書きたいと思います。
(文=神澤志万/国会議員秘書)