さて、次のステップとして有利・不利を測定してみよう。
メジャーリーグの平均出塁率だが、実はこの10年間でずいぶん下がってきている。10年前の平均出塁率は.332だったのだが、計算してみると2012年のアメリカンリーグの平均出塁率は.323と1分近く数字が下がってきている。近年の野球は投手有利と言われるゆえんである。
さて、この平均値と、過去26人目まで完全試合で来ていたピッチャーが完全試合を逃した比率とを比較してみよう。11人を34人で割ると、その数字は.324! なんとメジャーリーグの平均出塁率とほぼ同じ数字ではないか。
なぜそうなるのか?
ステップ3として理由を考えてみよう。投手と打者には、それぞれ有利不利の要因がある。投手はそもそも通常よりも多くの球数を投げていて、疲れもピーク。ダルビッシュの場合、それに加えて指のマメが潰れていた。そして大記録へのプレッシャーは大きい。
一方で打者から見れば、メジャーの中でも大投手と呼ぶべき相手の、しかも生涯の中でも一番絶好調な日にあたってしまったうえに、自分が打てなければ完全試合を達成させてしまうというプレッシャーの中での対決である。しかも4番バッターではなく9番バッターというのも打者不利の要因である。
そのように投手打者双方に有利不利の要因がありながら、結果として有利不利の比率が通常の打席とほぼ同じというのは面白い結果ではないだろうか?
●比べるべき数字は何か?
さて、このように話をまとめようとしたところ、同じコンサル業界出身の仲間から強烈な反論が来た。
「鈴木さん、(2)の有利不利をどう測定するのかという点で、論理的な間違いを犯しているんじゃないですか? その答えは論理的に間違っていますよ。比べるべき数字はダルビッシュのようないい投手に対する通常の出塁率と、最後の打席での打者の出塁率の違いでしょう!」
なるほど、その指摘は残念ながら非常に正しい。そこで12年のアメリカンリーグでの防御率上位20人のピッチャーの、バッターに対する被出塁率を計算したところ、その数字は.299であることがわかった。
つまりリーグ全体のすべての投手を平均するとバッターの出塁率は.323なのだが、凄い投手だけの平均であれば.299と、大投手から打者はそれほど出塁できないのである。
そしてそのような投手の一人であるダルビッシュが最後の打席で打たれた。完全試合を逃した全体平均の比率が.324ということは、通常の対決では打者は.299しか出塁できないにもかかわらず、最後の一人の打者の場合は.324でピッチャーに勝ってしまう。
やはり疲れがピークで、マメが潰れて、大記録のプレッシャーがかかったピッチャーの方が、失うものが多くないバッターよりも不利なのだ! 私の論理は間違っていて、彼の論理の方が正しいようだ。
●数字の“確からしさ”の検証
さて、負けたままで議論が終わるのは私は好きではないので、最後に数字の“確からしさ”を検証してみたい。いわゆる感度分析を行ってみる。
ダルビッシュ以前、つまり昨年までの“最後の一人に打たれる確率”は実は33人中10人だったから.303だった。さらにもしあの最後の対決で、ダルビッシュが伸ばしたグラブにボールが吸い込まれていたとすれば、ダルビッシュも達成した側に数えられることになったかもしれない。それほど惜しい感じで、打球はダルビッシュのグラブをすり抜けていった。そうだったとすれば、最後の打者に打たれる確率は34人中10人で、.294となっていたはずだ。
このように.303や.294だったら、上記の凄いピッチャーの被出塁率.299と比べてもそれほど大きく変わらない。つまり打者も投手も同じくらいの有利さだという元の結論に戻ってしまう。
つまり大記録を達成したり逃したりしたりした過去の事例の数がサンプル数としては多くないので、ちょっとした違いで基準となる数字が異なってしまうのだ。