他人を巻き込み「拡大自殺」する高齢者が増加…サンバカーニバルに火炎瓶投げ込み、新幹線内で焼身
この男は、年金の受給額の少なさと保険料や税金の高さへの憤りを周囲に繰り返しぶつけ、「区役所に縄を持って行って首を吊ってやる」と話していたらしい。実際、区役所に行って自殺の話をしたこともあるようだ。したがって、経済的に困窮して絶望し、怒りと復讐願望を募らせて犯行に及んだ可能性が高い。
このような高齢者の自殺が後を絶たない一因に、「下流老人」と呼ばれるような貧困に悩む高齢者が増えていることがある。
もっとも、経済的に困窮しているだけで、拡大自殺を図るまで追い詰められるわけではない。やはり、孤立が重要な要因になるようだ。
たとえば、16年8月7日、東京都杉並区の商店街で、夏祭りのサンバカーニバルを楽しんでいた人々の群れに突然、近くの建物から火炎瓶が投げ込まれた事件。計15人がやけどを負うなどして負傷する惨事になったが、火炎瓶を投げ込んだ60代の無職の男は、消防隊が駆けつける前に首を吊って死亡している。
この男は、資産家で不動産を複数所有していたらしく、経済的に困窮していたわけではない。ただ、事件の2年前に妻を亡くしてから、以前営んでいた酒屋の上階にひとりで住んでいた。地域とほとんど交流がなく、半ば引きこもりのような生活を送っており、生前、周囲に「サンバがうるさい」と漏らしていたようなので、孤独な生活の中で憎悪と復讐願望を募らせた可能性もある。
約2カ月後の16年10月23日にも、栃木県宇都宮市の宇都宮城址公園で、70代の元自衛官が爆発物を爆発させて死亡し、3人が巻き込まれて重軽傷を負った。事件当時、この公園は祭りの真っ最中だった。
この元自衛官は、娘の病気をきっかけに妻との関係が悪化し、離婚訴訟で敗訴したらしい。その結果、司法や行政に強い不満と恨みを抱いたようで、16年10月5日に公開した動画には「もう預金も住む場所もなくなる」「すべてに負けた。私は社会に訴える」という趣旨の文章を投稿している。
フェイスブックにも、「全てを失い、残っているのは命だけ。秋葉原の事件を思い出してアクセルを踏み込み通行人の列に突っ込もうかと考えたが思いとどまることがしばしば」と書き込んでいる。
こうした状況から、孤立と経済的困窮によって絶望感と自殺願望を抱いた元自衛官が、「自分はこんなに苦しんでいるのに、祭りを楽しんでいる奴らがいるなんて許せない」という思いにさいなまれ、社会への復讐を果たすべく祭りの日を狙ったと推測される。したがって、この事件も典型的な拡大自殺といえる。
このように、わが国でも拡大自殺は発生しており、決して対岸の火事ではない。銃がなくても、ガソリンや自作の爆発物を用いれば拡大自殺が可能であることを過去の事例は示している。また、拡大自殺を図る人の胸中には、絶望感と自殺願望、怒りと復讐願望が潜んでいるが、社会に排除の空気が漂うほど、こうした感情や衝動を抱く人は増える。さらに、なんでも模倣する「コピーキャット」現象によって、拡大自殺の連鎖が起きるのではないかと危惧せずにはいられない。
(文=片田珠美/精神科医)
参考文献
片田珠美『拡大自殺―大量殺人・自爆テロ・無理心中』角川選書
筑波昭『津山三十人殺し―日本犯罪史上空前の惨劇』新潮文庫