謹賀新年。
今年は戌年、十二支の11番目に当たる。この「戌」とはイヌのことを指すが、「犬」や「狗」と区別して、特に「戌」と書く。形声文字として音を当てたにすぎず、文字の原義としては「ほろぼす」「けずる」などの意を持つ。
また、今年の干支は「戊戌」(ぼじゅつ)となる。本来、「干支」とは「甲・乙・丙・丁・戊・己・庚・辛・壬・癸」の十干(じっかん)と「子・丑・寅・卯・辰・巳・午・未・申・酉・戌・亥」の十二支を組み合わせたものであり、同じ「干支」は60年に一度めぐってくることになる。60歳を「還暦」と称するのは、生まれた干支が再びめぐってくるためである。
なお、「戊」の字そのものは、武器の「矛」の古字であると同時に「茂」にも通じ、「植物の生育が絶頂期にある」として、十干の5番目に配された。
120年前にアメリカが仕掛けた「米西戦争」
それでは、「戊戌」はどのような年になるのだろうか。過去の歴史から、その傾向を探って本年の動きを占ってみよう。まず想起されるのは、周辺諸国との対外関係において大きな動きがある可能性だ。
慶長3年(1598)、豊臣秀吉の死去に伴い「慶長の役」が終了。朝鮮半島に展開していた日本軍は、その年のうちに撤退を完了した。そして、同年に成立した五大老・五奉行体制の下で戦後処理が行われることになる。
また、安永7年(1778)にはロシア船が蝦夷地に来航、通商を求めるも松前藩に拒否されるという事件が起きた。この頃、ロシア船が日本近海に出没、阿波や奄美大島に漂着するなどしている。また、大黒屋光太夫がカムチャッカ半島近海で漂流してロシア船に保護されるなど、日露通交の開始が見られる。
一方で、幕府はかたくなにロシアとの通商を拒否し続け、結果的に蝦夷地における軍事衝突、いわゆる「文化露寇」につながっていくことになる。
たび重なる異国船来航のなかで、天保9年(1838)には高野長英が『戊戌夢物語』、徳川斉昭が『戊戌封事』を著し、異国からの侵寇に備えるべく海防の重要性を説いた。
もしかしたら今年、日本の安全保障に警鐘を鳴らすような書物が上梓され、人気を博することになるのかもしれない。
さらに、明治31年(1898)にはアメリカがスペインに宣戦布告し「米西戦争」が発生している。のちに義和団事件の際に北京籠城で戦い抜いた柴五郎、また日本海海戦において連合艦隊の参謀を務めた秋山真之が観戦武官として派遣されたことで知られるこの戦争は、年内にアメリカの勝利で終わる。結果、アメリカはプエルトリコ、グアム、フィリピンを領有するに至り、環太平洋における一大強国としての地位を築くことになるわけだ。
こうした歴史的経緯に鑑みれば、東アジア地域においてアメリカがなんらかの軍事行動に出る可能性もあり得るため、一層その動きを注視したい。
経済界は金融分野に大異変?
次に経済、特に金融に大きな動きがある可能性について。
永仁6年(1298)、いわゆる「永仁の徳政令」の大幅な改正が行われた。前年に制定された「最初の徳政令」と呼ばれる同令は、疲弊した御家人の生活の建て直しを企図して発令されたものである。
このうち、越訴(裁判で敗訴した者の再審請求)の停止と御家人所領の売買および質入れの禁止について、同規定を廃止とした。また、文明10年(1478)には西国数カ国を支配した守護大名・大内政弘が徳政令を発している。
さらに、天文7年(1538)には浅井亮政もまた徳政令を出した。近江の戦国大名として知られる浅井長政は、この亮政の孫にあたる人物だ。なお、同地は「日本開闢以来、土民蜂起是れ初めなり」と評された徳政一揆である、「正長の土一揆」が発生した場所でもある。
いうなれば、戊戌は「徳政令」の季節である。金融、特に債権と債務に関する法制度の大きな改正が行われるかもしれない。
東京タワー、長嶋茂雄がデビューした戊戌
最後に、少し明るい話題を。
天平宝字2年(758)、東大寺大仏殿が完成する。天平勝宝4年(752)に開眼供養が行われた、「奈良の大仏」として知られる盧舎那仏像を安置するための仏堂である。また、昭和33年(1958)には東京タワーが竣工する。
そこで、今年は「ひとつの時代を象徴するような建造物が完成する年」としたいところであるが、残念ながら現時点においてそのような予定は見当たらない。
しかし同年、プロ野球界に長嶋茂雄という新星が現れる。さらに、翌年には王貞治がデビュー。同年の天覧試合で2人は揃って本塁打を放ち、以後も「ON砲」として巨人のV9時代を支えるなど、日本を代表する選手として活躍した。
今年は大谷翔平選手のメジャーリーグデビュー、また清宮幸太郎選手のプロデビューが予定されているが、そのほかにも球界の至宝となるべき名選手が頭角を現すかもしれない。
さて、歴史から「戊戌」の年のゆくえを占ってみたが、いかがだっただろうか。当たるも八卦、当たらぬも八卦。読者諸氏において、発展の年となる一助になれば幸いである。
(文=井戸恵午/ライター)