2019年2月のベトナム・ハノイでの米朝首脳会談終了後、北朝鮮の金正恩朝鮮労働党委員長(当時)が側近の党高官に対して「もう米国は相手にしない。われわれは自力でやっていく。核武装を強力に進めるのみだ」と強調していたことが明らかになった。その後、昨年11月の米大統領選で勝利したバイデン大統領は、今年2月中旬から北朝鮮政府との接触を試みているものの、北朝鮮側から反応がなく、北朝鮮は対米強硬路線に回帰していることは明らかだ。
中国共産党指導部は19年10月、朝鮮戦争における中国人民志願軍参戦69周年記念の中国軍代表団を平壌に派遣。団長の苗華・中国中央軍事委員会政治工作部主任は、当時の朝鮮労働党の外交責任者である李洙●(リ・スヨン、●は土へんに庸)党国際部長と会談した。
李氏は席上、「2月のベトナム・ハノイにおける米国との会談で、トランプは無礼にも、途中で席を蹴った」などと述べて、トランプ氏を非難したという。中国共産党指導部は当時、米朝ハノイ会談後の北朝鮮の対米政策を懸念しており、中国軍代表団の平壌派遣時に、金氏の真意を探ろうとしていたとみられる。
その後、李進軍・駐平壌中国大使が昨年2月、北朝鮮の外相に就任したばかりの李善権(リ・ソングォン)氏を表敬訪問した際、李外相は米国側から北朝鮮側に首脳会談の再開の呼びかけがあったが、金氏は無視し、返書さえ送らなかったことを明らかにしたという。金氏は今年1月の党大会で7000人もの参加者を前に「米国は最大の敵」と表明しているほか、軍事パレードでも新型弾道ミサイルを披露するなど、対米不信感が根強く残っているのは間違いないようだ。
中朝両国と米国の対立
それを裏付けるように、金氏の妹の金与正党副部長は3月16日、朝鮮中央放送と朝鮮労働党機関紙の労働新聞で、3月8日に始まった韓米合同軍事演習を非難し、南北軍事合意書の破棄や対韓国窓口機関の廃止などに言及し、「南朝鮮(韓国)当局が望む3年前の春に戻ることは難しい」と述べて、南北関係破局の可能性を警告する談話を出している。
それ以前の3年前の18年には、2月に韓国で開催された平昌冬季五輪で両国指導者が交流、4月と5月には南北首脳会談が開かれるなど南北融和が進んだかに見えていた。しかし、与正氏のこの談話で、韓国について「再び『暖かい3月』ではなく『戦争の3月』『危機の3月』を選んだ」と非難。今回の韓米軍事演習の規模が縮小されたことに関しては、「われわれはこれまで同族を狙った演習自体に反対し、演習の規模や形式について論じたことは一度もない」とし、「50人が参加しようと100人が参加しようと、そしてその形式が変わっても同族を狙った侵略戦争演習という本質と性格は変わらない」と指摘。さらに、「われわれを敵とする南朝鮮当局とは今後いかなる協力や交流も必要がないため、金剛山国際観光局をはじめとする関連機関もなくすことを検討している」とも明らかにした。
与正氏はバイデン米政権に対して、「米国の新しい政権にも一言忠告する」として、「今後4年間、安心して眠ることが望みなら、初めから眠れない材料をつくらないほうが良い」と述べた。北朝鮮がバイデン政権発足後、米国に対するメッセージを出すのは初めてで、韓国に対する警告よりトーンを抑えたが、北朝鮮のバイデン政権への強い不信感を裏付けているのは間違いないようだ。
一方の中国は、今月から凍結していた空路と鉄路の北京・平壌ルートを1年3カ月ぶりに再開したのに加え、国連の北朝鮮制裁決議にも一部反して、公海上での両国間の交易も活発化している。
中国税関総署は4月18日、北朝鮮との3月の貿易総額は1428万5000ドル(約15億5000万円)だったと発表。総額が1000万ドルを超えるのは昨年9月以来、半年ぶり。北朝鮮は新型コロナウイルス対策で国境を封鎖しているが、中国から必需品の輸入を一部再開したとみられており、中朝両国と米国の対立という図式も復活したようだ。
(取材・文=相馬勝/ジャーナリスト)