これはほんの3カ月前まで考えられない。まさに、朝貢外交そのものとしかいいようがない事態である。つまり、金氏は米朝会談に臨む前に「中国カード」を手に入れて、自身の身の安全を確保するために「電撃的に訪中」して、核兵器開発などの中止を受け入れたのである。これが、金氏の習氏に対する貢物(みつぎもの)だったわけだ。
訪中自体は大成功
それならば、習氏から金氏への返礼は何かというと、その一部は、すでに大きな話題になっているように、1本2000万円以上もするという最高級茅台酒である。金氏は晩さん会の挨拶の最後で、「尊敬する習近平総書記同志と彭麗媛女史の健康と幸福を祈念し、出席されたすべての同志の健康のため、乾杯を提案したいと思います」と述べて、乾杯の音頭をとったが、その際に飲み干したのがこの最高級茅台酒だった。
米政府系報道機関「ラジオ・フリー・アジア(RFA)」によると、この茅台酒は1960~80年代産の限定版ブランド「矮嘴(ウェイズェイ)」で540ml入り。もうすでに生産されておらず、在庫もほとんどないことから、オンライン・ショッピングモールでは1本128万元(約2170万円)の値段がついている。小さいコップ一杯分が10mlとしても、それだけで40万円もする代物だ。
中国側は金氏一行に「矮嘴(ウェイズェイ)」を数本プレゼントしたほか、ほかの高級茅台酒やブランド物の高級酒、高級ブランド時計、高級タバコなどなど、数々の高級品を持たせて返したという。金氏が21輌編成のお召列車できたのも、中国からの大量のお土産を期待していたためとの見方も出ているほどだ。
いずれにせよ、今回の電撃訪中によって、金氏は中国の後ろ盾を得て米朝首脳会談に臨む環境を整えることができたわけで、訪中自体は大成功との見方が一般的だ。
一方の習氏にとっても、朝鮮半島情勢をめぐる一連の首脳会談が決まるなかで、中国は蚊帳の外とみられるなか、南北首脳会談や米朝首脳会談が行われる前に、いち早く中朝首脳会談を行ったことで、「北朝鮮カード」を手に入れることができたのは外交上極めて重要なファクターとなった。しかも北朝鮮の「兄貴分」として、金氏への大きな影響力を手にしたことは中国外交の本領発揮といえ、中国の存在を大きく誇示したかたちとなったのは間違いない。
(文=相馬勝/ジャーナリスト)