なぜ賽格広場は揺れた?中国、全土に乱立する高層ビルの倒壊リスクに警戒高まる、建設を規制
中国政府は7月上旬、500メートル以上の超高層ビルの建設を禁止するとともに、250メートルを超えるビルの新規建設を厳しく制限し、建設が必要なものは防火や耐震などのいくつかの実証実験結果を住宅建設省に提出しなければならないという通達を、地方政府に発出した。500メートルを超える超高層ビルは現在、全世界には10棟しかないが、そのうちの半数の5棟は中国に集中している。また、全世界の200メートル以上の高層建築物は1478棟で、そのうち中国は678棟と世界全体の45.9%を占めている。
今年5月には、中国南部の深圳市中心部にある高さ356ⅿ、地上72階・地下4階建ての高層ビル「賽格広場(SEGプラザ)」が2日間にわたって揺れ続け、パニックになったビル内のオフィスにいた約1万5000人が避難。2カ月以上経ったいまも安全性が確認されないまま、立ち入り禁止状態だ。このため、中国政府が国内での大事故につながらないうちに、対策を強化したものとみられる。
中国国家発展改革委員会が異例の通達
この通達の主管部門は、中国の経済政策全般の司令塔的役割を果たす中国国家発展改革委員会で、通達は「インフラ建設プロジェクトの品質を厳格に監査・管理し、超高層ビルを厳重に管理しなければならない」と地方政府に指示している。
具体的には「100メートル以上の建物は、都市の規模に適した耐震性および耐震補強システムを厳格に実施し、火災防止能力を高めなければならない」としたうえで、関係部門は250メートル以上の新築ビルの建設を厳しく制限。すでに提出されている建築計画を見直すとともに、建設が必要と認められた場合は厳格に耐震、防火・防災の基準を満たさなければならないとしている。また、500メートル以上の超高層ビルはいかなる例外もなく、建設は認めてはならないと強調している。
高層ビルの計画、設計、建設、運営に関する国際NPO「高層ビル・都市居住協議会」が管理する「スカイスクレイパー・センター(Skyscraper Center)」が公開している資料によると、現在、世界で最も高いビルはドバイの「ブルジュ・ハリファ」で828メートルだが、世界2位は中国の「上海商城タワー」で632メートル。上海浦東新区の陸家嘴(りくかし)金融街に位置し、金茂大厦や上海環球金融センターと隣接している。
2020年2月現在、高さランキングトップ15のうちの8棟は中国にあり、トップ20でも400メートル以上のビルの半分は中国が占めている。これについて、中国北京にある清華大学建築学院の宋ファーハオ教授は「中国国家発展改革委員会は、中国内で無計画に超高層ビルばかり建っても、その管理がずさんならば、経済的にも、安全的に建設効果はないと判断したのではないか」と指摘する。
米国総領事館は米国市民に警告
実際問題として、中国では2000年代から高層ビル建設ラッシュが起きており、供給の増加などの原因で、オフィスビルの空室率が高いという現実がある。米国不動産サービス大手のクッシュマン・アンド・ウェイクフィールド(Cushman & Wakefield)の報告書によると、2019年における中国・大都市のオフィスビルの空室率は約10%に上昇し、過去10年間で最高に達している。とくに、地方都市のオフィスビルの空室率はさらに高く、平均で28%前後にも及んでいる。「このままだと、ゴーストタウン(鬼城)ならぬ、ゴーストビル(鬼大廈)だらけになるとの危機感が政府部内で漂っている」(宋教授)というのだ。
今回大揺れ騒動が起きたSEGプラザは深圳市内では5番目の高さで、世界でも72番目だが、築21年でTMD(チューンド・マス・ダンパー)と呼ばれる制振装置を設置していない。揺れの原因について、広東省政府緊急事態管理局は「風やビルの地下を走っている2路線の地下鉄、気温の上昇による鋼材の伸びが揺れの原因だ。今後も同じような条件がそろえば、揺れが生じる可能性がある」と分析している。
香港の英字紙「サウス・チャイナ・モーニング・ポスト」によると、その後の検査では建物の構造や周辺環境に異常はなかったとのことだが、駐広州市米国総領事館は米国市民に対して、原因がわかるまでSEGプラザから離れるよう警告している。
ロイター通信などの海外メディアも「人口1200万人を超える都市の中心部にある、これほどの規模の超高層ビルが危険建築物と判明した場合、当局が今後どのような対応を取るかは不明だ」と報じているほどだ。その後の深圳市の検査でも、揺れの原因はわかっておらず、今もビルは封鎖され、立ち入り禁止のままだ。まさに、鬼大廈(ゴーストビル)状態が現実のものとなった形だ。このため、中国国家発展改革委員会が「SEGプラザ騒動」から2カ月も経たないうちに、500メートル以上は全面的に禁止という通達を発出したのは間違いないところだろう。
ある日突然、中国が地震に見舞われ、高層ビルが軒並み倒壊するという映画やテレビドラマのような光景が目の前に現れるということは、起きてほしくないものだ。
(取材・文=相馬勝/ジャーナリスト)