削り速度が現代の500倍だった背景は?
実は、エジプトでは石に開けられた円筒形の穴やくり抜かれた芯はいくつも発見されており、その技術は重要な建造物や工芸品に利用されてきた。穴の直径は小さいもので6ミリ、大きなもので70センチに及ぶ。そして、パイプ状ドリル刃の厚みは、1~5ミリであったことがわかっている。
古代エジプト人たちは穴あけに熟練していたことが窺われ、実際のところ、その作業にそれほど時間を要していなかったとする考察もある。というのも、穴が開けられた掘削面を見ることで、さまざまな情報が読み取れるからである。
英国人で最初のエジプト学者のサー・ウィリアム・マシュー・フリンダーズ・ピートリー(1853-1942)は、円柱形の芯の側面に刻まれた螺旋状の溝を調べ、6インチの円周を1回転で0.1インチ下降していることを発見している。そして、この60分の1という送り量(削り速度)は驚愕すべきものだと指摘していた。これは、先に触れた検証実験で得られた溝の間隔を桁外れに超えている。
研究家のクリストファー・ダン氏は、1983年に花崗岩の加工を行うオハイオ州デイトンのラーン・グラナイト・サーフェス・プレート社のドナルド・ラーン氏に問い合わせたところ、花崗岩の穴あけは毎分900回転のダイヤモンド刃ドリルを用いて、5分間で1インチのペースで行われるとの回答を得ている。これは、1回転あたり0.0002インチの送り量に相当する。つまり、古代エジプト人の穴あけの際の送り量(削り速度)は現代の500倍だったことが判明したのだ。
となると、古代エジプトにおける穴あけドリルは、高回転型ではなく、高トルク型だったといえそうである。
しかし、精巧な仕上がり具合を見ると、疑問が生じてくる。高トルク型で送り量が大きければ、その分、切断面は荒くなり、器が割れるリスクも高まるのが普通だからだ。
1883年、ピートリーは古代エジプトの工芸品を精査して、洗練された旋盤が使用されていたのは明らかだと評した。確かに、ドリルが存在した以上、旋盤と同等のものがかつて存在したのかもしれない。だが、仮に旋盤が存在していたとしても、薄く複雑な形状の工芸品にまで応用できたのだろうか?